003 焼肉パーティー
ツーランホームランを打った石井だったが、その後は成績不振に陥り、打率も低迷していた。そして、落ちたのは打撃成績だけではなく守備指標も明らかに低くなっていたのだ。何気ないゴロを拾おうとして足をもつれただけではなく、ベアハンドを試みた時に手首を痛めていた。その時の痛みがまだ引かず、最近はベンチスタートを余儀なくされ、2番手ショートに席を譲っている状態だった。
そんな石井とは打って変わり、AKIRAは絶好調だった。打率も2割6分代に乗り、5月5日のツネーズ戦では自身初となるサヨナラホームランを放ち、ホームランダービーのトップに並んだ。
連日、マスコミはAKIRAの事を大々的に報道していた。高卒ルーキーがホームラン王になる可能性を秘めているのは、滅多に無い。長らく日本人の長距離打者が出てこなかったプロ野球界に光が差しこもうとしていた。
しかし、そんなAKIRAに軽蔑の眼差しを送る者が一人だけいた。現在、AKIRAと並んでホームランダービートップを走っている男。その男の名前は矢部だ。ツネーズの正捕手でありながら打撃力も良く、現在は打率、打点、本塁打のトップに立っている。そんな矢部は無論、三冠王を狙っているのだが、三冠王を獲得するためには、AKIRAという障害に立ち向かうしかない。
「あんな新人に本塁打王を獲らせてたまるか」
矢部はスチール缶を片手で握り潰した後、守備位置についた。バッターボックスにはこの回先頭バッターのAKIRAが左打席に立っていた。
そして、矢部はサインを出した。投手も頷く。
「!」
瞬間、鈍い音と共にAKIRAが倒れ込んだ。そう、頭に強くボールを受けてデットボールになったのだ。電光掲示板には球速150キロと書かれていた。
「退場!」
投手は退場となった。そして、倒れ込んでいるAKIRAの周りにはチームメイトとスタッフがいた。矢部は地面に伏しているAKIRAを見ながら平静の顔をしているが、実際は内心ほくそ笑んでいた。
「いいぞ……いいぞ……これで奴も終わりだ」
しかしだった。ここでAKIRAはムクムクと立ち上がり、一塁ベースに向かって歩き始めたのだ。これにより、観客たちが押見の無い拍手と声援を送っていた。
「俺は大丈夫だ。ゲームを続けてくれ」
審判に向かって合図をするAKIRAだった。
「バカな……頭にデットボールを受けて平然としているだと」
プレイが再開すると、AKIRAは盗塁を決めた。再び、場内の観客が拍手を送る。敵の二塁手もAKIRAの分厚い背中をポンポンと叩いて、喜んでいるぐらいだったのだが、キャッチャーの矢部だけは鬼の形相をしていた。
「おのれえ、ちょこまかと!」
そして、第2打席。AKIRAは真ん中高めのカーブを真芯で捉えてバックスクリーンに運んだ。これで、ホームランダービートップに躍り出た。
小躍りするようにしてダイヤモンドを一周して戻ってきたAKIRAだったが、矢部の憎悪に近い目線が鋭く突き刺さった。
「なんだ。目つきの悪い奴だな」
「お前……許さん」
AKIRAがベンチに戻るまで、矢部は睨み続けていた。
そして、第3打席だ。この回のAKIRAも絶好調だった。外角低めのスライダーを右中間の深いところに運んだ。AKIRAは全速力で走る。一塁、二塁、三塁も周ったところで、ライトがボールを拾ってバックホームをした。
AKIRAより先にボールがホームに帰ってきた。すると、矢部はボールをキャッチャーミットで受け取ると、AKIRAのスライディングに向かって両手を振りかぶったのだ。
「これで……終わりだあああああ!!」
矢部は唾を撒き散らして、舌をデロデロと舐め回しながら顔面を近づけてきた。矢部は確実にアウトになるとを確信していただろう。しかし、AKIRAはスライディングをストップして体を起き上がらせて、矢部の胸元に敢えて飛び込んだのだ。
AKIRAの巨体と矢部の巨体が激突した。矢部は何とかホームベースを死守したのだが、無常にもキャッチャーミットから球がコロコロと転げ落ちてしまった。
「セーフ!」
その瞬間、主審が両手を横に広げた。三度湧き上がる歓声を浴びながら、AKIRAはチームメイトが待つベンチへと戻って行った。
「タックルだと……高卒ルーキーがこの俺に!?」
結局、この日の矢部は5打席で5三振という散々な結果に終わってしまう。それとは対照的にAKIRAは4打数2安打とまずまずの成績を残した。
ところが、ワイルドダックスはまたもや大量失点でツネーズに負けてしまった。いくらAKIRAが良くても、他の選手が駄目ではチームとして勝つことは不可能なのだ。
「よし、気分転換に焼肉行くぞ!!」
ザ・キャプテンの石井が一軍の新人野手と新人投手を連れて焼肉屋に連れ出した。無論、人一倍活躍しているAKIRAは石井の隣に座らされた。
「焼肉を食って指揮が上がるのか?」
AKIRAは素直な疑問をぶつけた。
「多分な」
「多分って……先輩」
「ま、儀式みたいなことだ。今日は俺の奢りだからお前達思う存分食べな」
「うぃーす!!」
AKIRAを含めた新人選手は給料が少ないため、石井に奢りと言われて本気で喜んでいた。そして、各々が好きな肉を頼んで、網に置いていくのだった。
「今日の反省点はなーんだ!」
石井はビールを4杯も飲んで酔っていた。
「投手が1回に8失点した事です」
新人野手が手を挙げて発表した。
「そうだぞ。お前らだらしない」
頬を赤くして投手陣をイジリ始める石井だったが、
「石井先輩だって今日を含めて6タコじゃないか」
と、AKIRAにツッコミを入れられるのだ。
「AKIRA君……それを言っちゃダミだよ」
こうして、焼肉パーティは早朝まで続いたのだった。