028 神野光太朗改心計画
野球という競技は一人ではできない。みんなでするスポーツだ。だからこそコミュニケーションは大切であり、仲間と意思疎通を図るのは当然のことだ。それはプロの世界も同じだ。ザ・キャプテンの石井は積極的に後輩達を飲みに誘って、会話のチャンスを増やしている。しかし、中には付き合いの悪い愚か者もいたりする。これも一般的な世界だけではない、プロ野球界にも存在している。その人物こそ、阪海ワイルドダックスの左翼を守っている神野光太朗という男だ。以前にもこの男については若干ながら触れたが、ここに来て神野はますます調子に乗っているのだ。大した活躍もしていないのに、登録名を光太朗という名前に変えたり、胸元に近いボール球を投げてきた投手に体当たりして、あやうく乱闘騒ぎになる寸前まで痛めつけることも多々あった。それにより、危険人物に指定されているのだがギリギリ戦力になっているので、監督も神野を起用せざる終えなかった。
そんな神野は付き合いが悪いので、一緒に飲みに誘うとしても「っち」
と舌打ちをされて憎悪の目で睨みつけられる。チーム最年長のザ・キャプテンにすらそういう態度をとるのだ。まさに社会不適合者と言っても過言ではない。この性格を何とかしなければ、戦力外や引退した時にコーチや解説者の仕事はまったくなく、再就職を余儀なくされるか一生働き続けるバイト人生が待っているだろう。もしくは生活保護自給者になっていまうか。それぐらい、神野は危機的状況に追い込まれているのだ。
恐らく、本人は自覚していないのだろう。自身の性格が悪いという基本的なことも。いくら神野が嫌われ者だからと言って放っておくことは出来ない。そう思ったAKIRAは行動に出ることにした。
試合終了後、AKIRAは神野の元に歩み寄って、話しかけた。すると、神野は目の下をクマだらけにして此方を振り返った。まさに犯罪者の目をしている。目つきも悪く、憎しみがあるように、AKIRAを睨み付けているのだ。
「神野先輩」
「オレの登録名は光太朗だ!」
そう言いながら、唾を撒き散らして怒り狂う光太朗だった。
「一緒に飯食わないか?」
「断る」
小さく呟いて外に出ようとするところを、AKIRAは光太朗の右手をガッチリと掴んで制止させた。それでも光太朗は無理矢理にでも外に出ようとするのでが、AKIRAの握力は100キロ以上あるので、どうやったところで逃げることはできない。
「待て、話しは終わっていないぞ」
「オレを監禁して拷問する気だな!」
光太朗の目が血走っていた。まるで殺人犯と遭遇しているかのような目だった。
「はあ?」
「オレを死ぬまで拷問して弄ぶつもりだな!」
凄まじい被害妄想だ。もはやホラーの領域と言っても良いだろう。そのうち、光太朗は金縛りにでもあったかのように発狂し始めて助けを求める叫びを上げ続けていたので、さしものAKIRAも困惑して手を放した。すると、奴は、地面に落ちていたボールを投げつけながら、そそくさと逃げて行ったのだ。
「お前も被害にあったか」
「!」
いつの間にか、隣に石井が立っていた。しかもボールはAKIRAに当たらずに、何故か石井にばかり直撃している。存在感は薄いが、同時に運も悪いのが阪海のザ・キャプテンだった。
「お前もって……石井先輩もこんな目に?」
「ああそうさ。奴の被害妄想っぷりは他者を超越している。常にデットボールが当たるかもしれない、ライナーが飛んでくるかも知れないと思って、まともな打撃も守備も出来ていない」
そんな人物がプロ野球に存在するのかとAKIRAは呆然自失になってしまった。しかもそれで生き残っているのが驚きである。
「極端にオープンスタンスになっているのはそのためか」
足を広げて、体を本塁ベース上から離れさせているのだ。それは光太朗の邪悪な性格が反映された異様な打ち方だった。
「もし奴があの性格を克服すれば、もっと野球が上手くなるだろう。よくよく考えればあの滅茶苦茶な打ち方で .250前後打てているのは才能があるからだ」
石井はそうだというのだった。
「光太朗先輩を改心させるためには、どうすればいいのか教えてくれ」
「それができるならやってるさ」
「ああ、そうか」
確かにその通りだと、AKIRAは妙に納得してしまった。
「俺にはお手上げだ。10年間奴とコミュニケーションを図ろうと試行錯誤をしたが、全部失敗に終わった。後はお前に任せるよ」
「了解だ。任せてくれ」
AKIRAはそう言って張り切りを見せ始めた。神野光太朗という選手は確かに社会不適合者かもしれないが、それさえ克服できれば、チームにも役立ってくれる重要な選手になるやもしれないのだ。その任務に任せられたのだから、興奮せざる終えないのだろう。
「御前に任せて良かったと俺を思わせてくれよ」
「ああ。分かってるさ」
こうして神野光太朗を改心させる計画が始まった。まずAKIRAが最初にやり始めたのは挨拶をすることだ。奴は社会不適合者のため、監督にすら挨拶しない輩なので、挨拶をしても返されることは無かった。
「こんにゃろう!」
次は、三振して怒り狂った光太朗がバットを持って電話を破壊しているところに声近寄った。普段ならば、皆怖がって近づこうとしないのだが、逆転の発想で近づいてみたのだ。
「どんまい。次の打席があるさ」
そう言って励ますつもりで笑顔で話し掛けたのだが、
「うるせえ。お前もこの電話みたいに壊してやろうか」
その瞬間、光太朗がバットを振りかざして襲いかかって来たので、逃げ出すAKIRAだった。しかし、光太朗が悪者扱いされてはいけないので、AKIRAは追われる身でありながらも笑顔を振りまいていた。こうすることにより、なんとか光太朗の退場は免れることとなる。
「鬼ごっこ楽しかったぜ」
走り疲れて、ハアハアと肩で息をする光太朗に、AKIRAは親指を立ててグーサインを送ったのだった。さあ、光太朗改心計画は始まったばかりである。




