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AKIRA  作者: 千路文也
プロ1年目  -友情-
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024  約束は続く


 パチィ。少女が目を覚ました。横では矢部が笑みを浮かべていた。


「やっと目を覚ましたね」


 矢部が少女に話しかける。


「おじちゃん……わたし夢を見たの」


 手術中に夢を見たと言うのだ。


「どんな夢だい?」


 矢部は語りかけるような透き通った静かな声で、そう言った。


「おじちゃんがホームランを打ってさよなら勝ちする夢」


「そうか、それはきっと正夢だね」


 そうだというのだった。正夢なのだと。


「ってことは!」


 急に少女の顔が明るくなって、満面の笑みで矢部を見上げていた。すると、少女に笑顔を返すようにして、


「打ったよ。ホームランを」


 と言うのだった。矢部は約束を果たしたのだ。そうと分かった少女はバンザイをして、声高らかに喜びを現していた。


「凄い。おじちゃん約束守ってくれたんだね!」


「僕に出来ることはこれぐらいだからね。約束のホームランだよ」


 そう言うと、矢部は昨日の代打逆転サヨナラ満塁ホームランのボールを少女に手渡した。ホームランボールと言えど、球場の備品であることは間違いないので、「ボールを返してくれ」と伝えれば、ファンはボールを返さなければいけないのだ。だからこそ矢部の手元にはホームランボールが帰ってきた。そして、そのボールを少女にプレゼントするのだった。


「わあ、ありがとう!」


 少女は楽しそうに、ボールを触っている。初めて硬式野球のボールを触ったのだろう。好奇心旺盛にして、目を輝かせているのだ。


「話は聞かせてもらった」


「!」


 すると、部屋の扉がガラガラと開いて、外からAKIRAがやってきたのだ。AKIRAは片手に花束と野球のグローブを持っていた。そして、それを少女に手渡すのだった。これでボールとグローブが揃ったことになる。


「すごい。ほんもの野球のぐろーぶだ!」


 少女は大喜びして、グローブを右手にはめて、左手にボールを掴んで、ボールをミットの中にバシンと収めていた。


「AKIRA君……来てくれたんだね」


 矢部も嬉しそうに笑顔を浮かべて、AKIRAに話しかけていた。


「勿論さ。それはそうと、矢部さんもいいところあるじゃないか……少女にホームランの約束をして、その約束を守るホームランを打つとはな。しかも、一打席で決めたんだろう?」


 そうなのだ。矢部は抑えのシャーベットから値千金となるホームランを放った。AKIRAはそれが凄いのだと絶賛している。


「僕は約束を守る男さ」


「見直したよ。暴力だけの男じゃなかったんだな」


「それと……ごめんね。AKIRA君にも色々と酷いことをしちゃって」


 矢部は頭を下げて謝っていた。生まれて初めて本心から謝ったのだ。今までは人に謝ることなどせず、むしろ人の顔にガムを吐き捨てるような男だったが、改心の兆しを見せていた。


「いいってことさ。それに最高のキャッチャーの条件は性格が悪いことって、どこかの偉い人が言ってたからな。許容範囲だったよ」


 なんと、AKIRAにとって、明らかな危険球やブラッシュボール、本塁でのクロスプレーは許容範囲内だったと言うのだ。恐ろしいメンタリィティの持ち主である。


「おじちゃん、このおじさんとお知り合いなの?」


 少女が尋ねてきたので、矢部は中腰になって、少女と同じ目線になる。


「そうだよ。実はこの人もプロ野球選手なんだ」


「そうなんだ。すごーい! ふたりとも大きいね」


 矢部の身長は183センチ、AKIRAに至っては201センチもあるのだ。少女からすれば、大木が歩いているような感覚なのだろう。


「野球選手は身長が高い方が色々と有利だからね」


 特に投手はそうだ。高身長から放たれる角度のあるストレートはバッターを翻弄する。だからこそ、各球団は身長の高い外国人投手を助っ人として獲得しているのだ。


「おじちゃんは投手なの?」


「俺は外野手だ。たまに投手で登板することもあるが、本職は外野手なんだよ」


 と、AKIRAは言うのだった。


「思い出したけど、おじちゃんて去年高校野球の決勝戦にいたよね?」


「良く知ってるな。お嬢ちゃんは高校野球も見てるのか?」


「うん。パパとママが野球好きだから」


 そうだというのだ。両親が野球好きだから必然的に少女も野球を見ることになるのだと。そして、野球にも興味を持つのだと。


「この人は高卒一年目でレギュラーの座を獲得しているんだ」


 矢部はそう少女に説明をしていた。


「それってすごいことなの?」


 可愛らしく小首を傾げてきたにで、矢部はゆっくりと頷いて少女の顔を見ながら語り始める。


「相当凄いよ。高卒一年目でホームランを量産するバッターは稀にしかいないからね」


 30年に一度……いや、下手をすれば50年に一度の計算になるかもしれない。それぐらい希少価値の高い存在なのだ。


「なんで一年目でホームランを量産するのは難しいの?」


 幼い少女特有の知りたがりが惜しみなく発揮されていた。しかし、矢部は表情一つ変えずに少女のひとことひとことに耳を傾けているのだ。


「高校野球の人達ってどんなバット持ってるか分かる?」


「うーんとね……振ったらカキーンって音が鳴るバット」


 少女は金属バットの事を言っていた。


「それはね金属バットって言うんだよ」


 矢部は優しく丁寧に教える。


「きんぞくバット?」


「うん。金属バットは飛びやすいバットなんだ」


「へえそうなんだ」


「でも、プロの世界では金属バットじゃなくて、木製のバットを使ってるのさ。この木製のバットは金属バットに比べて遥かに飛びにくいバットなんだ」


「きんぞくは飛んで、もくせいは飛ばないんだね。なんとなく分かるよ」


 さすがに、少女でも分かるようだ。どちらが飛びやすいバットなのかを。


「だから金属バットで残した成績はあてにならないんだよ。パワーヒッターかと思って獲得した選手がノーパワーのバントマンだったってことは良くあることなのさ。その傾向が最近は特に激しいんだ」


「化けの皮がはがれたんだね!」


 少女は満面の笑みを見せながら、矢部の言っている事を理解しているようだった。


「でも、AKIRA君は違う。この人は正真正銘のパワーヒッターだよ」


 矢部にそう言われて照れくさくなったのか、AKIRAは隣で後頭部をポリポリと掻いていた。


「すごーい。おじちゃん」


「へへっ、照れちゃうな」


 どうやら褒められると嬉しくなるタイプらしい。


「じゃ、そろそろ僕は帰るよ」


 矢部は立ち上がって、別れを告げるのだった。


「うん。ありがとうね」


「あ、そうだ」


 すると、矢部は何かに気が付いたかのようにしてポケットの中から何かを取り出したのだ。それはパッと見、電車のチケットのようにも見えてが、それとは違っていた。


「これなーに?」


 右手に置かれたこの謎の物は何なのだと不思議がっているようだ。


「ツネーズの年間分チケットさ。これで今年はタダで試合が観戦できるからね。後、御両親の分もあるから」


 矢部は年間フリーパスを渡したのだ。それも両親の分も。金額にすれば、とてつもない額になるだろう。


「これで、おじちゃんが出てる試合がみられるの?」


 少女は尋ねていた。


「そうだよ。元気になったら見に来ておいで」


 早く退院して元気な姿で球場に来てほしいという願いがこめられていた。この年間フリーパスチケットには。


「ありがとう! これからもいっぱいホームラン打ってね」


「ああ。約束だよ」


 こうして、少女と別れを告げた矢部は病室を後にした。


 その後、矢部は怪我を完治させて四番キャッチャーとしてスタメンに返り咲いた。そして、球場のどこかで見ているであろう少女に向かって、約束のホームランを打ち続けるのだった。



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