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AKIRA  作者: 千路文也
プロ1年目  -友情-
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023  約束のホームラン


 矢部は無事に退院した。しかし、復帰戦ではベンチスタートを余儀なくされていた。怪我の治り具合がそこまで良くないと監督に見抜かれたのかどうか分からないが、とにかくそうなのだ。


 矢部はベンチに座って監督と雑談を交わしていた。


「今日はナイトゲームだけあって人が大勢いますね」


「そうだな矢部よ」


 監督の名前は瀬良という名前だ。ツネーズを毎年の優勝候補にのし上げたのは何を隠そう瀬良だ。瀬良は今年で65歳を迎える高齢であり、20年以上ツネーズの監督を続けているのだ。


「今日の四番は長沢ですか」


 普段は三番を打っている永沢だが、矢部が怪我明けであるため、永沢が四番に置かれているのだ。矢部程ではないが。この永沢も長打力があってミート力もある。四番に任せられるだけの素質はあるだろう。


「そうだ。ここ5試合の永沢の打率は.546と絶好調だ。案外、四番に向いているのかもしれないな」


 と、監督は笑い飛ばしていた。結果がすべてのプロ野球界ではたとえ昔四番を任されていても、結果が出なくなれば簡単にお払い箱になってしまう。そうなる前に、矢部も怪我明けとはいえ結果を残さなければいけないのだった。


「瀬良監督お願いがあります」


 珍しく矢部は頭を下げていた。しかもいつのまにか敬語を覚えいるのだ。これには瀬良監督も驚いた様子で口をポカンと大きく開けていた。


「どうしたんだ……お前」


「僕を代打で出場させてください」


「お前を代打で出場か。確かに球場は盛り上がるだろう」


「ありがとうございます」


「だが、代打嫌いのお前が自ら代打を志願するとは、一体どういう風の吹き回しだ?」


 そうなのだ。矢部は大の代打嫌いである。「自分は守備でリズムを作るタイプだ」とか言って代打での出場を見送っていた矢部が、頭を下げてまで代打出場を志願していた。これは瀬良監督も不思議でたまらないだろう。


「僕は変わりました。あの少女のおかげで」


「あの少女?」


「あ、こちらの話しです。気にしないでください」


 矢部は少女が今日手術をすることを内緒にするつもりだった。他人に話すことではないし、むしろ少女と矢部が交わした二人の約束なのだ。口外するつもりはない。


「まあいい、とにかくチャンスが回ればお前を代打に出そう」


「ありがとうございます。では準備を」


 こうして、矢部は代打に備えてバットを素振りしていた。練習嫌いの矢部がバットを持って素振りしている光景は極めて珍しく、チームメイトたちがザワザワとザワついていた。中には「明日大雨が降るぞ」と言っている者もいたが、矢部は全く気にしていない。以前の矢部なら「殺してやる」と言いながら、どつきまわしているところなのだが、今の矢部は心を入れ替えていた。そんな物騒な言葉を思い浮かべることもせず、受け流していた。


 そして、9回裏ノーアウト満塁のチャンスで代打が告げられた。もちろん代打はこの男しかいない。


「代打、矢部」


 ドーム球場がわれんばかりの声援で矢部を迎え入れていた。矢部はその声援を静かに背中で感じながら左のバッターボックスへと進む。


「ここでヒットが一本でも出ればサヨナラか……でも、それじゃ駄目だ。ホームランを打たないと!」


 少女との約束だ。今頃、少女は手術を受けている時間だろう。少女も幼い体で必死に手術を頑張っているのだからと矢部はいつも以上に気合を入れて、バッターボックスで吠えていた。


 マウンドにはカーツの不動のクローザーが聳え立っていた。その男の名前はシャーベット。身長202センチという長身から放たれる剛速球が持ち味の外国人投手だ。彼は防御率0.56という素晴らしい数字を残して、未だに負け星がついてないのだ。そんなピッチャーから矢部はホームランを打とうとしていた。


 その迫力が伝わったのか、シャーベットはガムをクチャクチャと噛みながらもマウンド場から矢部を睨み返す。


「アジアンバッターがオレっちのボールを捉えられるとでも?」


 シャーベットはスペイン語で話していた。すると、


「勝負はやってみなくちゃ分からないさ」


 矢部も流暢なスペイン語で返す。


「フン、オモシロい」


 巨体を揺らしながら、振りかぶり……投げた。ボールは轟音を立てながらキャッチャーミットに走っていき、見事キャッチャーが構えている外角いっぱいのコースに収まる。


「ストライーク!」


 審判が告げた。ストライクだと。


「っち、そこは手が出ないぜ」


 さしもの矢部も対応できないボールだった。電光掲示板の球速表示を確認すると、156キロという数値が出ていたのだ。しかもあのボールは変化する直球のツーシームだ。メジャーリーガーが良く使っている球種だが、日本人はあまり多投していない、どちらかというと日本のピッチャーはフォーシームを良く使っているのだ。だからこそ、ツーシームは日本人打者には打てないのだ。中々に。



 ズバシインンンン!!



 再び、ツーシームの速球が外角に決まった。これでツーストライクと追い込まれたのだ。塁に出ているのは全てフォアボールで出場しているので、ここにきて制球力が上がっているということなのだろう。


「追い込まれたか」


「これでフィニッシュだぜ」


 シャーベットは勝利を確信した顔で投げた。しかし、


「ここで終わる訳にはいかない。彼女のためにも、僕は……打つ!」


 矢部は渾身の一撃とばかりにバットを振った。バットの芯と重いボールがぶつかり両方が悲鳴を上げている。が、負けるわけにはいかないのだ。矢部は思いっきり振り抜き、ボールを空中にあげた。



 バゴオオオオオンンンンンン!!!




 それは少女の病院に届く勢いの弾丸で、ドームの屋根を突き破り、場外へと消えていった。サヨナラだ。代打逆転サヨナラ満塁ホームランだ。それは彼女にとって最高のプレゼントだった。


「矢部ええええええ!」


 ダイヤモンドを周ってホームに帰還した矢部はチームメイトに頭からジュースをかけられていた。対する矢部は満面の笑みで、それを受け止めている。


「やったじゃないか」


「サヨナラ矢部ちゃんだぜ」


「お前のおかげだ」


 そう言って、監督やコーチも矢部の事を祝福していた。ところが、矢部は何かを思い出したかのようにベンチへと戻っていった。ヒーローインタビューを忘れてだ。


 矢部が向かった場所は病院だった。矢部は階段を駆け上って、彼女の手術室の扉まで全速力で歩いた。すると、そこには少女の両親らしき男性と女性がいて、矢部を見るやいなや立ち上がって頭を下げてきた。矢部も返すようにして頭を下げる。


 その瞬間だった。手術室の扉が開いて、医者と少女が出てきた。少女は麻酔が効いているのか、ベットの上で寝ている。


「先生、どうでしたか?」


「安心してください。無事成功しました」


「良かった」


 と、矢部もホッと胸を撫で下ろした。


「しばらくは安静が必要なので、目が覚めるまで話しかけないでください」


「はい分かりました」


「ありはとうございました先生」


 こうして、矢部は少女と両親の後姿を、笑顔で送りだしていた。それと同時に、少女が何時目が覚めるか分からないので、今夜は病院に泊まろうと決意したのだった。



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