002 老兵死なず
5月2日のボンバードッグ戦。AKIRAは1番センターに起用された。5月1日までは48歳の大ベテラン石井がトップバッターを任されていたのだが、打率.187という大不振に喘いでいる事もあるのと、打率.246のAKIRAがチーム内の最高打率だという事実を考慮したうえでの、判断だった。ちなみに、この試合では石井が4番を任される予定だ。
「今日はAKIRAと石井の打順を変えるぞ」
試合前、監督室に呼ばれたAKIRAと石井は謎の覆面監督に打順変更を言い渡された。これには二人共、納得していない雰囲気を醸し出している。
「俺は4番失格って事か?」
AKIRAは問うた。
「違う。あくまでも試験的な打順変更だ」
覆面監督はそう言った。
「僕が1番バッターとして不十分であると自分が一番分かります。しかし、何故、僕が4番なんですか?」
石井は自分の存在意義に疑問を感じている様だった。
「お前は我がワイルドダックスのキャプテンだ。たとえ今の成績が悪くとも、キャプテンなら4番としての責務を果たせる筈だと私は信じている」
「……分かりました。失礼します」
こうして、二人は監督室から出たのだが、ロッカールームまでの廊下で会話を交わし始めた。
「俺的には打順固定の方が楽なんだがお前はどうだ?」
「さあな。俺は高校卒業して間もない新人選手だ。やってみないと分からないさ」
「お前が4番に座ってくれてガンガン長打を打ってくれた方がお客さんも喜ぶと思うぜ。1番バッターだとどうしても単打狙いをしてしまうからな」
そう、1番が単打で出塁、2番バッターが送りバントをして二塁に進めると言うテンプレーションの試合展開だ。ホームランを打てる筈のAKIRAに単打狙いをして欲しいという思いが石井にはあった。
「大丈夫だ。俺は自分のプレイスタイルを貫くつもりだ」
AKIRAは胸を張って自信満々に言うのだった。
「そうかい。それなら言う事はないさ」
そして、試合は始まった。
初回の攻撃。相手ピッチャーは谷という変則ピッチャーだった。谷はサウスポーで平均球速118キロというプロ野球界では比較的遅い球を投げる。しかし、ハマった時はバッタバッタと凡退を重ねて完封勝利をするため、零封するか大炎上するかの両極端の投手だった。
そんな投手相手に1回表の攻撃、AKIRAは得意のセーフティバントで出塁すると、2番バッターの田中が送りバントを決めて1アウト二塁になった。
ここで迎えるのが神野というバッターなのだが、神野が115キロのスライダーに空振り三振している間、AKIRAは完全にモーションを盗んだ感じで三塁に盗塁をしかけた。
「セーフ!」
審判がゆっくりと両手を横に広げた。あまりの自然な盗塁に、キャッチャーは三塁に投げる暇も与えられなかったのだ。
「4番ショート石井」
ついに、今日4番スタメン石井の名前がコールされた。石井は30年間ワイルドダックスに在籍していた生え抜きという事もあり、ファンからの歓声が熱い。たとえ、成績不振であっても、ファンたちは彼が復活するのを心から応援していた。
AKIRAも「石井先輩頼むぞ」という心の念を三塁上から送っている。
「よっしゃあ、来い!」
ツーアウトランナー三塁のチャンスで、石井に打順が回った。谷投手はポーカーふフェイスで感情が読みにくいが、石井の熱を確かに感じているようだった。
「ストライーク!」
渾身の120キロのストレートが外角いっぱいに決まった。谷は球界ナンバーワンと称されるコントロールを持っているため、球速が遅くとも、プロ野球界で活躍する事が出来るのだった。
「っち。俺は谷が苦手なんだよな」
そう、石井はストレートには滅法強く、変化球には滅法弱いタイプだ。そんな石井は140キロ代のストレートを得意としている。まるで変化球並のスピードである谷のストレートをあまり好きにはなれなかった。
ズバシイイイインンン!!
2球目は内角のストライクゾーンギリギリに突かれてツーストライク。追い込まれてしまった石井はバットを短く持ってタイミングを合わせようとした。
しかし、3球目のスローカーブに全くタイミングがあわずに空振り三振。球速は65キロだった。
「くっそ!」
石井はその場にバットを叩きつけた。AKIRAはそんな石井に近寄って、こう言ったのだ。
「次の打席があるから大丈夫だ」
「そ、そうだな……」
新人に励まされて少し元気を取り戻したのか、裏の守備ではショートの頭上を越える打球をダイビングキャッチして場内を沸かせたのだった。
そして、石井の第2打席。塁には神野がエラーで出塁していた。長打が出れば、先制のチャンスだ。谷は以前表情を崩さないまま、淡々と投げてここまで一安打ピッチングを続けていた。
シュッ。
サイドスローで投げられた球は第1打席で石井を打ち取った超スローカーブだった。石井はつられるようにしてバットを振ってしまった。しかし。
「ベテランの意地だあああ!!」
なんとかタイミングを合わると、ボールがバットの芯に直撃した。そして、打球はそのままライトの頭上を越えて夜空へと吸い込まれていった。
そう、ホームランだ。今季初のホームランが先制のツーランホームラン。
「うおおおおおおおおお!!!!!」
AKIRAはまるで自分の事のように喜び、ベンチで踊り始めた。そして、ダイヤモンドを一周してきた石井と熱いハグを交わした。
「ありがとう。俺のために喜んでくれて」
「キャプテンの一打は俺達の一打だ。喜ぶに決まってるさ!」
ベンチでは、まるで、サヨナラでもしたかのような雰囲気になっているが、まだ試合は終わってなどいなかった。
ワイルドダックスの猛攻は更に続き、打者1巡をしてボンバードックのエース谷から6点を奪ったのだ。結局、谷は2回と3分の2を投げて6失点でマウンドを降りた。
「俺の目に狂いは無かった。やはり石井はザ・キャプテンだ」
ワイルドダックスの雄姿に感動しているワーグナーはマスク越しから涙を流した。
こうして、ワイルドダックスは6対5で勝利し、破竹の2連勝を飾った。スポーツ新聞紙では石井がトップに写っている。
「グフフ、見てくれよ。俺が新聞のトップに写っているぜ」
今シーズンが始まって、常にAKIRAが表紙だったのだが、今回で初めて石井がホームランを打った瞬間の画像が1枚目に載っていた。
自身のロッカーで着替えていたAKIRAは半裸のまま、石井の元に歩み寄り、石井が持っているスポーツ新聞に目を通した。
「本当だ。さすが石井先輩」
「そりゃそうさ。お前には成績では負けているが、表紙に載った数では負けていない」
石井は過去の記録を高卒の新人に自慢していた。
「表紙に載るぐらい活躍したって事か?」
「応よ。お前は俺の通算成績しらないのか?」
「知らないな」
「だったら教えてやるよ」
通算 3326試合 3858安打 124本塁打 1515打点
打率.290 526盗塁
「中々やるじゃないか」
AKIRAも納得の数字のようだ。
「伊達に歳喰ってねえのさ。30年も現役を続けていれば、それなりの成績を持ち合わせているもんだぜ」
しかし、石井は何処か浮かない表情を見せていた。
「ん、どうかしたか?」
それに気が付いた聖人は石井に声を掛ける。
「嫌、そろそろ引退が近づいてきたと思ってよ」
それでシミジミしていたと言うのだった。
「石井先輩を引退に追い込む程の遊撃手が出てこないのは問題だな」
「本当だぜ。俺みたいな老いぼれ、早く踏み台にしてくれよ」
その瞬間、ガハハという2人の笑い声がロッカールームに響き渡った。