表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
198/426

198  現状に満足してはいけない


 AKIRAは一人の野球選手としてではなく、一人の人間として野球をしたいと思っていた。それこそ作品を生み出すために人生を賭けている芸術家と同じ考え方だとAKIRAは語っていた。球場で自分のプレーを観てもらうために精一杯の表現方法を模索する。せっかくプロの視点で野球が出来るのだから、他の選手には出来ないプレーをしたいと入団当初から考えていた。そして今。それが出来ているかと聞かれたら恐らくで出来ていない。何となく周りの期待には応えられているだろうが、稚拙かつ曖昧な表現方法はあまり好きでは無い。その道で御飯を食べている限り中途半端は許されない。野球にプロ意識を抱いて皆に求められる最高のプレーをしたいとAKIRAは夢見ていた。その夢を実現するためには努力をして周りの人間に認められる必要性が出てくる。2、3日練習を休んだだけで体が素人のように動かなくなる凡人であるが故に毎日の練習は欠かせない。寮の外で必死に素振りをしながら、トップの位置やスイングスピードの確認を徹底して行う。素振りは誰でも出来る練習方法が故に最も奥が深い練習だとも言われる。近頃の選手はマシン打撃をしているそうだが、AKIRAは機械相手にバッティングをするのは嫌いだった。なのでバッティング練習をする時は用具係の越智さんに力を貸してもらっている。いくらマシンの球を打っても技術は向上しない。ひとたび打席に立つと、そこでは人間の生きた球を打たなければならない。マシンで160キロの球をジャストミート可能になったところで本番では何の役にも立たない。人間から放たれる160キロのフォーシームはマシンの160キロよりも体感的に速く感じるからだ。AKIRAはそれを知っているので、マシン打撃をしない。敢えてするとすればそれはストレスが溜まってどうしようも無いときだ。ムカムカが収まらずこのままでは自分が駄目になってしまうと思った時、初めてマシンを相手に打撃をする。相手は感情を持たない機械なので、いくらでもストレス解消のためにバットを振れる。もしもここで相手が人間ならば、そうもいかないので、そこは選択しなければいけない。人間相手にストレスを解消しようとする心は持ってはならない。ましてプロ野球選手としてメディアやマスコミに露出する人間にとっては言語道断だ。少しでもプロ野球選手はカッコいい職業だと思ってもらえるように、人間の見本的な振る舞いをしなくてはならない。それなのに人間を相手にストレスを解消する行為をしてしまえばプロ失格の烙印を押される。AKIRAはいつも人に見られていると意識して野球をしていた。その理由がまさにそれである。一人の野球選手ではなく、一人の人間としてプレーを魅せる。そこに詰まっているのは思想と人生哲学だ。プロである以上、決して手抜きをしてはならない。その事実を胸に秘めてAKIRAは今日もバットを振っていた。毎日野球に携わっているので休む暇など無い。


 AKIRAは雑誌記者などに「オフシーズンは何をしていますか?」と良く聞かる。その答えはハッキリと決まっていて、最高の自分を完成させる作業だ。日常生活に出てくるような怠惰と愚か者の自分を排除していく。それを延々と繰り返して最高の自分を磨いていく。やっている事は彫刻家と同じだった。AKIRAの場合は自分という最高の作品を創るための作業をオフシーズンにしているのだが、共通点はそこだ。AKIRAにとっての野球選手とは哲学的かつ芸術的表現に秀でている職業だ。泥臭くて坊主頭が象徴的な野球は精々高校生までである。これからはプロの道を歩む必要が出てくるからダサい自分をさらけ出す訳にいかない。普段は天然な行動が目立つだけに、そういう自分を試合で見せないように自問自答をひたすら続ける。自分を客観的に見れないのは自分自身なので独りよがりの行動を慎む。そこで必要なのは心の中の自分だ。深呼吸をしながら心の中の自分と対話して来シーズン自分がどうするべきなのかを徹底的に話し合う。傍から見れば修行でもしているのかと錯覚されそうだが、そうでは無いのだ。自分との対話が完璧に出来ていれば修行など無理に行わずに済む。AKIRAはそれを心掛けながらオフシーズンを臨んでいた。シーズン中とは別の緊張感を抱くので、油断する時間はまるで無かった。しかしそこは仕事だと思って自分を奮い立たせればいいだけだ。仕事だから頑張れる。生活がかかっているから頑張れる。その感情でさえも誇りに思っていた。


 野球選手でお金を貰って満足に生活出来る人間はそう多くはいない。独立リーグや社会人野球を含めるとそれ以上だ。もしかすると複数年契約をしている4番打者でさえも満足感を抱いていないかもしれない。しかしAKIRAはそれでいいと思っていた。自分の現状に満足をしてしまうと、それ以上進化しようとする意識は無くなる。人間が進化の欲を失うのは退化を意味している。なのでAKIRAはどんなに好成績を叩きだしても、どんなに人々から称賛されても決して油断もしなければ満足もしない。まだまだ自分は進化の途中なのだと胸に秘めて、これからも野球を続けていくだろう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ