表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
197/426

197  怒りを抑え込む


 ほとんどの選手は上手くいかない時に怒りに身を任せてしまう。グローブをその場に叩きつけたり、時にはブルペンに繋がる電話機をバットで破壊する選手もいたりする。AKIRAはそういう短気な選手には『勿体ないな』という感情を抱くのが多かった。その理由は明白だ。怒りの衝動に駆られている時は余分な体力を消費してしまうからだ。イライラして物に当たり散らしている行為はストレス解消だと思いがちだが、実はそうじゃない。逆にストレスを増やすだけで無意味な行為だ。AKIRAはそれを知っているので、絶対に物に当たり散らす真似はしない。そんな事をしてしまうと周りのファンもガッカリしてしまうからだ。プロ野球選手は人々から見られる職業なのに、物に当たり散らすなど言語道断の行いである。プロ意識の高い選手ならば物を大切にする精神を抱いていて、怒りのマグマを心の中で沈めようとする筈だ。なぜならば出来が悪いのは紛れも無く自分に理由があるからだ。そこに道具を持ち出すのはハッキリ言って素人がする事だとAKIRAは思っている。球場という名の仕事場で私情を出すのは有りえない。絶対に誰かに視られているのだから、クールに試合を進めないと後悔するのは自分だ。そう言い聞かせながらAKIRAは試合に臨んでいる。普段、子供のような言動と態度をしているだけに球場の時ぐらいは大人でいたいと感じていた。大体の人間はそうだが、家の中では感情を押さえられない。それは車の中でイライラする現象と同じだ。プライベート空間だからこそ自分の感情を表に出してしまう。とにかく個人空間に閉じこもっている時はロクな目に遭わないので、AKIRAは自分の部屋を嫌っていた。外に出るとポジティブに物事を考えられるのに家に帰ったとたん落ち込む自分が存在している。布団の中にくるまってガタガタと歯を震わせ、お腹を抑え込む弱い自分。周りから求められている期待と重圧に押しつぶされていく感覚が部屋の中に充満していた。


 このようにAKIRAは精神的不安に弱い人間だ。だからこそ球場の中では怒りの衝動を抑え込んで冷静に保とうとしていた。怒りに身を任せると自我が崩壊するので、決して感情だけで野球をしようとはしない。ヒットを打とうがホームランを打とうが盗塁を成功させようが決して笑わないのもそれが原因だ。球場の中で喜怒哀楽を表現をするのはスランプを生み出す切っ掛けになる。その可能性が非常に高いので余計な感情を覚えてはいけない。どんなに好成績を叩きだしても喜ばないのはそれが理由だった。周りの人間からは「もっと素直に喜べよ」と言われるのだが、本当に素直だから喜べないのだ。自分の叩きだした成績を馬鹿正直に喜んでしまうと、そこに怠惰が生まれる。「なんだこの程度でいいのか」と勘違いをしてスランプになるのは過去の選手達が証明している。短気的に好成績を生み出すのは意外と簡単だ。しかしそれを継続していくのが野球の難しさだった。AKIRAのように毎シーズン期待されるような選手は好成績を持続させる必要がある。それの難しさを球史が証明しているだけに、野手全冠王を獲得しても満足感など得られなかった。AKIRAが本当に満足感を得るのはお客さんの笑顔を見ただけだ。自分がどんなに活躍してもそこに意味は無い。あくまでも主体は観客なのだから自分の感情など後回しにすべきだ。観客がどうすれば喜んでくれるか、その一点にのみ集中しているだけで成績など勝手についてくる。野球とはそういう単純なスポーツなのに、最近はセイバーメトリクスやOPSなどの混乱を招くような野球用語が生まれている。そんなもので野球選手は測れないのに。



 ************



 タクシーの運転手と会話を済ませた後、AKIRAは次の放送局に到着していた。ここでバラエティ番組の収録がある。そう思うと緊張して動揺を隠せなかった。楽屋の中に閉じこもってひたすら腹式呼吸をして息を整えようとしていた。なんせバラエティ番組の出演は中学校の時からの夢だったからだ。これには数をこなしても慣れない。むしろ、慣れる方が恐怖感を生み出す切っ掛けになるのだから、この状況はある意味では好都合かもしれない。常に入団したての初心を持って物事に取り組むのが成功の秘訣だ。慣れとは自分を見失うだけに過ぎないので、仕事には常に緊張感を抱こうと胸に秘めていた。しかしだからと言って過度に緊張してしまうのは自殺行為だ。あくまでも適度な緊張感が大事なので、AKIRAは腹から息を吸ってプラスの精神を吸い込むイメージを描いていた。そしてマイナスの精神を吐きだしてポジティブな自分を造り出していく。


 自分なりの儀式をしていると、コンコンとノックの音が響いた。AKIRAはゆっくり「どうぞ」と低い声を出して客人を招く。するとそこにはツネーズの矢部捕手が立っていた。どうやら彼もこのバラエティ番組の演者として出演するようだ。去年三冠王を獲得した矢部と今年野手全冠王を獲得したAKIRA。この2人をキャスティングするプロデューサーの手腕には驚きを隠せない。なんせこの2人はライバル球団の4番打者として君臨しているので中々両者が揃って番組に出る機会が少ない。それだけに、本気で視聴率を取りにいこうとしているのが読み取れた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ