189 スランプの原因は日常生活の中にある
結果が出ない時に何をするか、人生は失敗の連続なので基本的に結果が出ないのが当たり前だとAKIRAは考えていた。自分の思い描くヒットやホームランが打てない時、AKIRAは試行錯誤をしようとは敢えて考えない。結果を出すために必要なのは日々の当たり前の行動だと知っているからだ。それは野球選手としての特別な行動では無く、一人の人間としての日常的な行動である。たとえば皿洗いや洗濯など、生きている上で最低限必要な行動を積極的にしていく。それだけで仕事に抱えている不満は自然と消えていくとAKIRAは感じていた。普通は不満を抱えている時には家事をしようとも思わず、やる気すら起こらない。仕事の不安で頭がいっぱいで、家事に集中が出来ないからだ。しかし、それは自分の人生を否定しているのと同じだ。今までずっとしていた当たり前の行動を嫌になるのは誰にだってある。山積みになった食器を見て「うわっ……」とお思う瞬間もあるだろう。しかし、嫌だからと言って手抜きをしたり後回しにするのは許せなかった。良く考えると自分が仕事の不満に押しつぶされているのが分かる。AKIRAは負けず嫌いの人間なので、不満にさえも劣等感を感じたくなかった。だから自分の中に存在している不満を払拭するように、家事を積極的に行う。最初は嫌かもしれないが、好きな音楽でもかけながら気分を変えると、あっという間にノリノリになる。この気分が良い感覚が大切だった。常に不満を抱えている状態など精神病を引き起こす切っ掛けにしかならないので、チェンジオブペースを家にも取り入れていた。ずっと同じ事を繰り返すのは脳に悪影響を与える。すなわち、何時間も不満を抱えた状態でいるのは脳にダメージを与えてしまい、翌朝の試合にも悪影響が出てしまう。それに気が付いたAKIRAはいつしか家の中にいる自分が、仕事の自分を決めると確信した。仕事で調子が悪いと思った時、それを払拭するためには家にいる時間を充実させないといけないと。
確かに、試合で結果が出ない時は決まって家の中で布団の中に閉じこもっていた。明日の試合に不安を覚えてしまい、布団から出られないのだ。そんな追い込まれた状態をキープしていると、翌朝の試合にも影響が出るのは火を見るより明らかだった。自分の仕事が失敗した時、本当の原因は仕事にあるのではなく、家にあるのだとAKIRAは語っている。そのためAKIRAは家の中を清潔感で保つために掃除機をかけ、食事もコンビニ弁当では無く、手作り料理を食べるようになっていた。AKIRAは基本的に不器用な人間なので当然のように飯は作れない。そのため結婚を前提とした彼女に手料理を頂いていた。その甲斐あってか、今シーズンの後半は意味のある試合になったと思う。これまでのように日常の一部として平然と試合時間が過ぎていくのではなく、質の高い試合時間を感じていた。家の中で充実した時間を過ごすからこそ、外の世界に行っても同じ質を感じられると。それを知ったAKIRAは去年以上の成績を残す事が出来た。スランプやイップスを乗り越えるために努力をしたおかげで、三冠王を獲得したのだ。失敗を成功の糧として利用するのが、良い結果を生み出す。それを信念として行動したのが今年のAKIRAだった。しかし、それはあくまでも今年の話しだ。来年になるとゼロから全てが始まる。今年の好成績は偶然の産物である可能性も否定出来ないので、油断をしてはならない。誰だって短期的に結果を生み出せる。それを続ける難しさを中学時代に体験しているので、三冠王を獲得したAKIRAは必要以上に怯えてしまっていた。ただでさえ、好成績は慢心を生み出す切っ掛けにしかならない。そして慢心はやがてスランプに変わるのを何回も体験している。それが脳裏に過ってしまい、最近はバットを持つ手が震えてしまい、グローブを装着するのにも10分を要する。過去のトラウマがAKIRAの心を蝕んでいた。それでも逃げる道など用意されていないので、目の前の波に抗うだけだ。
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越智さんにフォーシームの伸びをどうすれば産まれるか、それを問いただしていた。越智さんも鬼崎氏のコメントを知っているので、何故AKIRAが今更フォーシームに執着するのかも理解している筈だ。そしてAKIRAが日米野球に二刀流として登場するのも知っている。だから相談もしやすかった。するとAKIRAの言葉を理解したのか、右手でボールを握り、フォーシームの投げ方を伝授していた。
「お前さんの場合は上半身を使い過ぎている。もっと下半身に力を入れてみてはどうだ?」
それが越智さんの考え方だった。AKIRAは上半身を意識し過ぎて下半身が疎かになってしまっていると。まさしくそれは、かつての打撃フォーム改造で言われた言葉と同じだった。下半身の使い方が上手くないと。だから自分の思い描いている結果に追い付けないとアドバイスを頂いた。どうやら今回もその弱点が浮き彫りになってしまうらしい。




