表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
187/426

187  越智さんのストレート


 AKIRAはオンとオフの切り替えを重要視している。その理由は野球をしている時の自分と日常生活の自分は分けたいを考えているからだ。野球の中で感じるストレスや不安などを家に持ち込まないようにと考えた結果、AKIRAという仮想の人物を作り上げてその人物を演じればいいのだと結論に至った。なので球場の中と外では喋り方も愛嬌も全く違っていた。そしてそれはプレーにも反映されていた。AKIRAは左投げ左打ちで登録されているので当然サウスポーだと思われがちだ。確かに野球をしているAKIRAはサウスポーだが日常生活の渡辺明は本来右利きである。これもオンとオフを切り替えるための苦肉の策だった。野球で感じたストレスを家に持って帰ると大概スランプを生み出す原因になる。それだけは絶対に駄目だと判断したので野球では左利き、日常生活の中では右利きと区別をしている。人間はどうしたってストレスを溜める生物だが、なんとかそれを感じる瞬間を削減しようと大人達は考えている。だからこそAKIRAは野球をする時だけ左利きになって野球をしているのだ。なので、右の打席では打てない。というよりも絶対に打ってはいけない。もしも遊び半分に右打席に立ってしまえば、その時点で自分の支えてきた信念が音を立てて崩れてしまうからだ。なので試合では絶対に右打席に立たないのはAKIRAの中でルールとなっていた。ここまで徹底にするのは野球という職業は自分の精神状態によって左右されるのだと知っているからだった。特にAKIRAのように生まれつき虚弱体質で精神的に弱い人間は、知恵を絞ってストレスと不安に対抗しなくてはならない。そのために理想の自分を演じているのだが、当然最初は不安があった。「こんな事をしているのは世界でも俺ぐらいだろうな」と自分を卑下する時もあった。だが自分の気持ち次第で前向きにも後ろ向きにもなれるので、その点は心配しなくて済んだ。結局は自分の精神状態と体力に気を遣っていれば余計な気負いなど必要なくなる。しかし、普段の明はそれが出来ないので結局は家に帰った後、毛布を被って不安と重圧に身を震わせる自分が出てきてしまう。今年三冠王を獲得したからと言って、今後の人生を保障される訳では無い。世の中はいつも不安定なので、どんなに高い年俸を貰っても安心出来ない。それがAKIRAの考え方だった。しかし精神的に弱いからこそ野球選手として活躍出来ていると断言出来る。もしも精神的に強かったら、ストレスを削減しようと考える力も湧いてこなかっただろう。そして最終的には中途半端な成績に終わって、30前半で引退する普通の選手になっていたような気がする。元々、AKIRAが練習の鬼である所以はそこだった。いつも不安なので、自然とバットを持って練習をしている自分がそこに存在している。これが天才と凡人の違いだ。天才は精神的にも強いので練習をしなくても不安や劣等感を感じない。しかし凡人は劣等感を持っているので、どんな時でもバットを持って素振りをする。その結果、天才と呼ばれた選手は落ちぶれていき、凡才と呼ばれた選手は成功していく。ようは努力次第で人間はどうとでもなるのだ。AKIRAは今までに努力の大切さを何度も体感しているので、それだけはハッキリと断言出来る。



 *****************



 日米野球を楽しみにしているAKIRAだったが、特に鬼崎との再戦を熱く希望していた。渾身のフォーシームを鬼崎に打たれたのはそれだけ衝撃的だった。今までにも他の選手にヒットなりホームランを打たれたが、初球にホームラン性の当たりをされたのは初めてだった。NPBの選手は大概一巡目に凡退して、二巡目からヒットを飛ばしてくる。だが、鬼崎はまるで何回も見ているかのようにいとも簡単にホームランにしていた。その事実がAKIRAの闘争本能に火を点けていた。元来ストレスを溜めやすい負けず嫌いの性格がここにきて開花したのだ。だからこそ、今度の対戦では負けないようにストレートの伸びを強化する必要があった。まるで浮き上がるようなフォーシームを投げないと、この世界では通用しないと分かったので、まずは回転数を上げる必要が出てくる。しかしそう簡単に回転数が上がれば苦労などしない。そんな簡単な方法があったら今頃ピッチャーの大半がキレのあるストレートを投げている。しかし当然ながらそんな事は無い。現実は厳しいからこそやりがいがある。AKIRAはそう前向きに考えながら、自身のフォーシームを強化するための方法を模索していた。


「俺はまだ、投手としても活躍出来る。しかしそのためにはフォーシームの回転数を上げる必要があるな。今更変化球を極めるのも時間が足りない。つけ焼刃の変化など鬼崎先輩にはきっと通じないだろうし。はて……どうしたものか」


 と言いながら、マウンドを見ているとそこにはバッティングピッチャーの越智さんが立っていた。彼は基本的に用具係だが、こうしてマウンドで投げる機会もあるのだ。こうして彼のボールを見ていると、まるで加速しているかのようなストレートを投げている。球速こそ120キロ程度だが、ミットに収まる音が凄まじい。並のバッターでは気持ちよく打たせてくれないのも越智さんの魅力だ。なので越智さんは石井や神野などのそれなりに場数を踏んでいる打者を専門に投げている。


 そして、AKIRAは思った。もしかすると越智さんに聞けば何か分かるかもしれないと。思った瞬間に動き出すのがAKIRAの特徴なので、次の瞬間にはマウンドに行ってアドバイスを聞こうとするのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ