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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
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186  ポジティブの苗


 小学生に交じりながら試合をしている途中、AKIRAは不安定な日常にこそ意味があると気が付いていた。今の世の中はとても不況で、安定こそ一番だと考えている人間は大勢いる。しかし、世の中は常に不安定なのだからベクトルが逆になっていると気が付いてもらいたい。本当に大切なのは世の中に溶け込むのだと。時代が不安定を求めているのだから、人間も不安定を求める必要がある。AKIRAはセンターの位置で守備につきながら、そう感じていた。AKIRAが職業としてるプロ野球はまさに不安定の塊だった。入団に成功したとしても、そこから成功する可能性などまるでない。ほとんどの選手は30歳を迎えるまでに解雇なり引退をして、30歳を過ぎてプレーをしているのは本当に一握りの存在だ。今でこそ、こうして三冠王を獲得したAKIRAだが、来年駄目だと当たり前のように斬り捨てられる。まるで販売職のように結果主義の世界なのだ。口下手なAKIRAにとっては営業の方が生存出来ないと思うが、それと似たような感覚を今抱いている。こうして野球教室に参加しているのもたまたまじゃないかと疑念を抱き、全てが不の感情に変わっていくような悍ましい感覚がAKIRAの心の中には広がっていた。外見こそいつもの偉丈夫なAKIRAに思えるかもしれないが、精神は暗闇の中を歩いていた。人生の道が真っ暗で何も見えないのは野球教室の中に参加している中でもAKIRAぐらいだろう。皆、楽しそうに小学生と触れ合っているのに、一方のAKIRAは暗闇の中でも悶え苦しんでいる。精神が発狂して、今にも自我が崩壊する寸前だった。


 本来、AKIRAは裏方の作業をするのが好きだった。なので将来はバラエティ番組に出演している芸人では無く、裏で走り回っているAD職になっていると予想をしていた。野球選手のように人前に出て仕事をするのは苦手なのだ。それ故に、こうしてカメラが回っている中で人々と触れ合うのは緊張感を覚えていた。いくら見た目が頑丈そうに思えても、それは違う。確かに体は頑丈で捻挫すら体験していないが、心は常に複雑骨折状態だ。試合に出場する度に尋常じゃないストレスを感じてしまい、寮に帰る頃には放心状態になっている。2時間も3時間も大勢に見られている前でパフォーマンスをするのは精神を食い散らかす要因となっていた。そんなストレスをこれまでに288回も続けていた。それにより、AKIRAの精神状態は既に限界だった。だからと言って、人々を裏切るような真似は不可能だ。少なくとも自分には野球選手として活躍する力は残されているので、完全に力を失うまで引退はしない。そうじゃないとファンの人達に大変申し訳ないからだ。高い金を払ってでも、自分のプレーを見に来てくれている。そう思うと彼らの純粋な気持ちは裏切られなかった。


 そんな事を思い浮かべていると、少年が打ったボールが此方に飛んできた。今にもホームランになりそうな勢いで迫ってきている。その瞬間、AKIRAは今までに感じている気持ちを全て放り出して、駆け抜けていた。100メートルを9秒台で走る俊足と、棒高跳びの高校記録保持者である跳躍力は伊達では無い。あっという間にボールに追いついて、ジャンピングキャッチを披露していた。これには見ている子供達も歓声を出しながら拍手を送っている。AKIRAは子供達の称賛の声を聞いていると、不意に自分の心にはポジティブの苗が埋まっていると気が付いた。ちょっとした成功体験で前向きになれる自分の姿が、今ハッキリと客観的に思い浮かんだからだ。いつもは他人からファインプレーと呼ばれる捕球を見せても表情が崩れないにも関わらず、今回はAKIRA自身も笑みがこぼれていた。


「明らかに自分は成長している。このポジティブの苗に花をさかせないと」


 AKIRAはその一心で、ホームベースにいる捕手に向かって大遠投を繰り出していた。中学時代はやり投げも得意だったので、肩にも自信がある。その内、白球は低い弾道で真っ直ぐと伸びていき、捕手の元へとピンポイント送球されたのだった。



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