185 本気の勝負
人間だからこそ、何かを成し遂げたいと思うのは一度や二度じゃない。かくいうAKIRAもその内の一人だった。心の中には常に弱い自分を打ち倒したいと切に願っている。だが、現実は厳しい。何をやっていても鬱状態になってしまう自分が存在していた。『本当に今やっている努力は正しいのだろうか』とか『野球選手としてこれからもも頑張れるのだろうか』と悩んでしまう。その度に努力を中断してしまう羽目になるので結局は後悔してしまう。後悔と向き合う時間が他の人よりも遥かに長いので、やがて弱い自分を完全に倒すのは不可能だと悟った。どんなに倒しても倒しても翌日になると復活してしまうのだ。心が弱いから誘惑されて負けそうになる。特に冬場になると寒いから布団から出たくないと思ってしまう瞬間がある。結局は起きないといけないので眠り眼を擦りながら布団から這い上がるのだが、翌日になるとまた起きたくない衝動に駆られる。この闘いは恐らく永遠に続くだろうとAKIRAは感じていた。野球選手である以前に布団から出られなくなってしまうのは社会人的に考えると汚点だ。そんな事を許してしまうと平気で遅刻する常習犯になるかもれない。それだけは絶対にあってはならないので何とか自分の意志と格闘していく術を見つけるつもりだった。今日もAKIRAは野球教室で元気に子供達と遊んでいるように思えるが、ここに来るまでは緊張してお腹を下しそうになっていた。新しい地で何かを成し遂げようと思うと、どうしても楽しい感情だけではいられなくなる。そこに重圧とか気負いを感じてしまって、不意に生きたくないと思ってしまう自分が顔を出してしまう。勿論、その度にAKIRAは自分を奮い立たせて何とか行動力を上げて一歩前に踏み出そうとしている。誰でも最初から大股で歩ける筈も無いので、まずは小さな一歩だ。前に進もうとするのは自分の気持ち次第なのでどうにでもなりそうだが、これが中々難しい。今日は休みたいと心が訴えている時は物事を放棄したくなりがちだ。特にAKIRAのような若い世代にはたくさんの誘惑がある。ゲームなり読書なり友達と遊んだりと、ついついやりたい事を後回しにしたくなる。だがそれは、どんな物事にも耐えてぶれない自分を造るためには不必要な行動だ。本当に意志が強くなりたければやると決めた事をとことん追求していくのが大事だと、AKIRAは常々感じていた。確かに休むのは簡単だがそれで後悔するのは自分である。後悔しないためにはとにかく努力が必要なので、AKIRAはこれからも闘争本能を剥き出しにしていくだろう。プロ野球選手のプロはプロフェッショナルのプロだ。人間生まれたからには強い信念を抱きながら野球をしたい。しかしその難しさを身に染みているので、たとえ面倒だと思っても努力は続けていく方針だ。一度諦めると一生諦め続ける人生になるので、何とかそれだけは阻止したいところだ。
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気が付くと、AKIRAは子供達に交じって試合をしていた。さすがに子供達が相手だと手加減しそうだが、常に彼は全力だ。他のチームメイトが遠慮していつもと違う打席に立ったりしている所、AKIRAは普通に左打席に入っていつものルーティンをしていた。これにはハッキリした理由がある。それは手加減している野球選手など誰も見たくないからだ。あくまでも大切なのは本気になっている野球選手を間近で見る事だ。ゆくゆくは世代交代を完成させるためにも、プロの持っている熱を彼らに感じてもらう必要があった。いつまでも現役でいられるのは不可能なので、若い世代にバトンタッチをするのが重要になってくる。少なくともAKIRAはそう感じていた。だからこの場面では『プロ野球選手はこんなに凄いのだ』という所をアピールする必要があった。もしもそこで手加減をしてしまうと『あ、プロって意外と大した事ないんだ』と子供達が勘違いする恐れがある。ハッキリ言って、プロになるのは簡単だ。野球を真面目にやっている人間ならば、一瞬でプロになれる。育成契約とかテスト生としての入団になるかもしれないが、とにかくなろうと思えばなれるのだ。しかし本当に難しいのは生存なので、『プロなんて余裕』と軽い気持ちで入団した者に明日は来ない。とにかく生き残るためには気強靭なメンタル力が必要になってくる。だからこそ、この機会にプロの技を彼らに見せつける必要があった。他の選手達はそこまで考えていないようだが、AKIRAは考えている。ただ楽しくするだけでは意味が無い。あくまでも野球教室なのだから子供達に熱く教育をする。AKIRAはその一心で、打席に立っていた。
シュッ!
小学校のエースピッチャーがボールを投げ込んできた。プロの球を何度も見ているAKIRAにとっては止まって見える程の速度だった。だが、小学生にしてはそれなりの速度がある。120キロはゆうに超えているだろう。この球速ならば県立高校の野球部で不動のエースになれる。ようするに、この子の球は既に高校球児レベルに到達しているのだ。あまりの素晴らしさに感動すら覚えながらも、AKIRAはバットを振っていた。すると白球はピンポン玉のように軽く飛んで行ったと思うと、学校のフェンスを越えていた。そして、そのまま減速せずに遥か彼方まで消え去っていた。プロの選手が金属バットを使うとあそこまで飛ぶのかと、自分自身でも驚く程だった。ところが、ふと打たれたピッチャーを見てみると落ち込んだ様子で下を向いていた。どうやらプロであるAKIRAに本気で勝とうとしていたのだろう。その闘争心は素直に評価出来るので、AKIRAは手を叩いて拍手を送っていた。
「素晴らしい球だった。速度は既に高校レベルに達しているから、それに変化球を混ぜれば向こう所敵無しだろう。これからの成長が楽しみだ」
そう。まだ彼らには可能性があるのだ。焦る必要は無い。




