183 日米野球に参加決定
早朝から流れている某ニュースを見ながらAKIRAは興奮を隠せなかった。今年の日米野球に鬼崎喜三郎が出場決定と臨時速報が流れているのだ。鬼崎が日本で野球をするのは実に10年ぶりらしいので、ツイッターでも歓喜の渦に包まれている。メジャーリーグでゴールドグラブ賞を20年連続で獲得しており、シルバースラッガー賞も同じく20年連続で獲得した程の偉大な男だ。彼の人生を語れば辞書程の分厚い本が書きあがるぐらいの話題性に溢れた選手である。そんな選手が日本でプレーするのは経済効果にも影響が出てくる。まずは警備会社の株が飛ぶように売れる。鬼崎は既に70歳を超えている選手かつ総理大臣に次いで日本の象徴的人物なので尋常じゃない警備体制が敷かれる。だから警備会社の株が売れるのだ。たとえるならば他国の地位の高い人間や音楽で名を馳せたロックスターが来日するのと同じ注目だ。しかもそれだけは無かった。なんと鬼崎はAKIRAとの対戦を楽しみだと言っていたのだ。これにはAKIRAも言葉を失ってしまった。あの晩でこてんぱんに打たれて途方に暮れていたのに、ここにきて対戦を楽しみにしていると宣言してしまった。当たり前だが、ここで言っている対戦とは『打者と投手の大戦関係』だ。元々WBCに出場する気もなくて日米野球も辞退しようと思っていたが、さすがにテレビでこれを言われれば断れない。なので取り敢えず日米野球に参加する意志を伝えて、WBCはまだ保留にしておこうと思った。その理由はズバリ、疲れである。WBCが開催されるのは決まってレギュラーシーズンが始まる直前だ。普段ならばゆっくりと過ごす筈のオフシーズンにWBC出場。そんな事をしてしまったら確実に疲労困憊になるのは目に見えている。だからまだ即答は出来なかった。
それと同時にAKIRAはまだ国際試合に出るのは時期尚早だと考えていた。まだ20歳の若造がWBCに出場して4番の座に座るのはどうしても納得が出来ない。今年、三冠王を獲得してしまったので、もしWBCに参加すると4番になる可能性は限りなく高い。以前にも三冠王獲得の実績を持つ打者が4番に座っているのをテレビで観ていた。それ故にその可能性は十分にあった。来年に20歳を迎える人間を4番起用するのはチームの状況が最悪の証拠だとAKIRAは考えていた。まだ自分は成長途中の身なので今後何が起きてもおかしくはない。もしかすると来年は別人のように打てなくなってしまうかもしれない。それを予測すると自分には日本の4番には向いていないと確信を持って言えた。だからこそWBCの監督には『申し訳ないが今回のWBCは辞退させてもらう』と言う予定だった。しかし人間は元来断るのが苦手な生き物な生き物である。よっぽどその場に行きたくなかったら丁重に断れるが、内心興味を抱いた状態では話が違ってくる。本当はやりたいと思っている自分がいるのに、それを押し殺してまで断ろうとするのだから相応の勇気が必要だった。ところがその点に関してはAKIRAはまったく苦手意識を持っていない。堂々と胸を張って誘いを断れるのだ。その理由とは自分の信念を常に意識しているからである。ほとんどの人間はターニングポイントを迎えた時に信念を頼ろうとする。だがAKIRAはそうじゃなかった。日常生活の時から自分の信念を持って物事に取り掛かっているので、自然と断れる自分が存在していた訳である。そもそも自分の大切な時間を奪われるのは相応のストレスが溜まってしまう。本当に嫌がっているのであれば断れるのだが、どっちでもいい感じが一番困る。『行くか、行かないか』のシーソーが常にバランスを保って揺れている状態では返事まであやふやになってしまう。こういう時は直感に頼ったら判断しやすいとAKIRAは感じていた。結局はどちらを選んでも後悔しそうになるので、結局は時間をかけるだけ無断である。行きたくないと思えば行かなければいいし、行きたいと思えば生きる。それが人間らしい生き方なのは言うまでもなかった
どんな時でも自分らしく生きたいのであれば、どっちつかずの提案には直感で判断するのが一番効果的である。それを知ったのは他でもなく鬼崎の言葉だった。彼の自伝を読んでいると、あまり深く物事を考えずに文字を書くタイプだと一発で分かった。頭に浮かんだ文字を直感的に入力して、ひたすら原稿を埋めていく。そういう人間は決まって裏の顔は優しくて実は小声だったりする。なので本当の意味での鬼崎喜三郎とは一体何者なのか興味も湧いていた。彼も実は自分と同じようにペルソナを被った人なのかと。考えていればワクワクは止まらなかった。どう見ても超人としか思えない人間の裏の姿を見た時に興奮が収まらないのと一緒である。人間は他人の裏側を見た瞬間に、最高のカタルシスを感じてしまう。無論それは前向きな意味である。もしも友人が裏で何等かの悪意に満ち溢れている顔を持っているのであれば、それはそれで違う話になっていくだろう。




