182 大器晩成
天才と凡人。無限の可能性があるのは言うまでもなく後者だ。天才は努力をしないからそれ以上進化は出来ない。天才に待っているのは退化だけであり、その点が凡人とは違う。だからある意味では凡人とは大器晩成型なのだと、AKIRAは思っていた。人生を20年間も生きてきてようやく野球選手としての才能が開花したのだからAKIRAは間違いなく凡人の大器晩成型だ。本当の天才は小学生の頃から才能を開花している。だが、まだ小学生程度の頭脳レベルでは努力の素晴らしさを理解出来ない。だからせっかくの才能もゲームや友達と遊ぶ時間に費やして、結局は棒に振ってしまう。その点、AKIAは小学生の頃から逆上がりも出来なければ跳び箱も満足に出来なかった。だからこそ努力して皆をアッと言わせたい一心で努力を続けていた。結局その努力は実を結ばなかったが。こうしてプロ野球選手として活躍する自分にはかなり影響を受けている。もしもあの時、運動神経が駄目駄目じゃなかったら恐らく今の自分は存在していないとまで確信していた。小学校の時から逆上がりも出来て跳び箱を人並みに飛べていたら、プロ野球選手になっていなかった筈だと。確かにその考え方は的を射ていた。何故、人は努力するのかと考えた時に、一番の答えは『上手くなりたいから』だ。もしも最初の時点で運動神経が抜群だったらそれ以上高望みはしない。現状維持で満足してしまう。でもそうじゃなくて、下手だからこそ上手くなりたいと心の中で闘志を燃やすのが人間だ。自分の結果に満足していなからこそ、努力を続けられる。人間とは元来そういう生き物である。なので勉強をせずにテストで良い結果を残せたり、まともに練習せずに部活のエースとして君臨している人間は早熟の天才タイプだ。学生時代だけ薔薇色に凄し、その後の人生では躓きが多くなる。こういうタイプは努力を知らないから学校を卒業した後に悲惨な思いをしてしまう。まず、努力の方法が分からないのだ。社会では才能だけで通用などする筈も無い。相手に理不尽な事をされて慌てるようでは時すでに遅しなのだ。そんな思いをしないためにも、いくら天才だからと言って怠けるのはやめて欲しいと心から願っている。特に中学高校で何もせずに良い結果を残している人間は今だけだと思ってくれて構わない。AKIRAはその目で天才と呼ばれた人間の末路を多く見ているのだから。
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翌朝、AKIRAは目覚めが良かった。まず起きた瞬間から目がパッチリと開き、体の疲れが無くなっている。これは『神経症は躍進するために必要な課題だ!』と開き直って素振りをしたのが要因なのだろう。それを証拠に昨日は珍しく寝つきが悪くて眠りについたのが11時40分だった。AKIRAは毎日3時に起きるのを幼少の頃から繰り返している身分なので、今日の睡眠時間は3時間20分か。いくらショートスリーパーのAKIRAでも4時間を切ってしまうと体と心が引き裂かれたような感じがしてしまう。にも関わらず、今日は調子がすこぶる良かった。やはり人間は気持ち次第でどうにでもなる生き物だと思いながら、AKIRAはコンビニに向かっていた。こんな明け方に開いているのはコンビニぐらいなので店で朝食を食べる訳にもいかなかった。そしてAKIRAはシーチキンマヨのおにぎり2個を買って寮に戻っていた。無論、こんな時間に起きている変人はAKIRAを含めて2人しかいない。かつてAKIRAに『知念軍団に入れ!』と偉そうに言ってきた某後輩である。奴をアームレスリングで負かした時からかなり意識されていた。どうやら自分の行動サイクルを真似しているようで朝っぱらから寮の外で素振りをしているではないか。契約金で家を買ってそこに住んでいる身分なのに、わざわざ寮に来て素振りをしているのだから明らかに意識されていた。別にそれはどうって事無いのだが、ドヤ顔でバットを振っている姿が少しシャクに障る程度ぐらいか。せっかくなので交流を兼ねて話し掛けようとすると、向こうから声をかけてきたではないか。しかも素振りをしながら。
「AKIRAさん。一緒にやりませんか?」
ブンブンと音を立てながら練習の誘いをしてきた。本当は後輩の誘いに答えるべきなのだろうが、起きてから1時間以上が経過してからじゃないと運動はしないとAKIRAは決めているので丁寧に断りを入れるつもりだ。貧血を起こしてぶっ倒れる可能性は限りなく低いが0とは言い切れないので、朝から博打をするつもりなど無かった
「悪いな。まずは朝ご飯を食べるのが先決だ」
AKIRAは軽くウインクしながら寮の階段を登り、自分の部屋に入った。部屋の中はとてもシンプルなので余計な物は一切置かれていない。野球に集中するために余計な物は持ち込めないと寮の決まりがあるのだ。仮にも1億円プレイヤーの彼がそこまでして寮に住む必要があるのかと疑問の声が上がりそうだが、住めば都だ。今現在、この部屋で寝泊まりしているだけで相当なリラックス効果がある。それなのに、わざわざ引っ越しするのはどうかしていると、頑なに寮から出るのを拒んでいた。そうして何食わぬ顔で寮を出入りする度、寮長のおばちゃんは毎日のように陰湿な目で『金持ちがこんな場所に住んでんじゃないわよ』と無言の圧力をかけている。だが、そんな意見に屈する訳にはいかなかったので、いつも口笛を吹きながらおばちゃんの前を素通りしていた。部屋の中を見ていると、自然とそういう考え方が浮かんでしまった。さすがのAKIRAも考え事ばかりで飯を食べない訳にはいかなかったので、椅子に座ろうとした。だが腰を掛けようと脚を曲げた時、急に胸が痛くなって息苦しい表情が現れていた。どうやら1日や2日で神経症は治らないようだ。それがかえってAKIRAの熱に火を点けるのは言うまでもないが。




