表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
177/426

177  鬼崎と対面


 結局、AKIRAは9回まで投げて1失点の内容で見事完投勝利を果たした。自身のバッティングでも7回裏に満塁ホームランを放ち、三冠王に相応しい最期を飾っていた。ところがAKIRAはヒーローインタビューの時には疲労感を隠せずに意識が朦朧としていた。その原因は火を見るより明らかだが、球場全体を包んでいた重圧のせいだ。その中でも結果を出したのだから満足してもよさそうである。実際、インタビュワーの人は元気ハツラツとした言葉でAKIRAを褒め称えている。マスコミ陣はとにかく『二刀流』の三文字が大好物なので、投げて打っての活躍をした選手には舌が千切れるぐらい褒め称えてくる。それはAKIRAも同様だった。しかしそうは言っても、AKIRAは決して簡単に満足するような男では無かった。彼は自分に突き付けていた課題を克服した時にのみ、無常なる満足感を感じるのだ。それ故に、投手成績や打撃成績がいくら良くても満足するのは決してありえない。昨日の夜、寝る前に行ったシュミレーションが上手くいったのだと認識するだけで、自分自身を褒めようとする感情すら湧いてこない。なぜならば、AKIRAにとって好成績とは日常茶飯事だからだ。毎日のように好成績を維持しなければ戦力外になる可能性がある。若い内に戦力外になって次の就職先を見つけてあげようとする球団の心構えはあるが、AKIRAは生憎野球しか取り柄の無い男だ。彼から野球を取り上げようものなら何も残らない。同級生のほとんどは大学に通って自由気ままなキャンパスライフを過ごしている。ところが勉強を放棄して、野球漬けの高校生活をおくっていたAKIRAはプロの世界に入って野球をしている。そんな自分にコンプレックスを抱いているのは間違いなかった。彼のように特殊な環境で給料を貰っている人間はどうしても、普通の生活が脳裏に過ってしまう。会社に就職してそれなりの給料を貰って子供を作り、それなりの日々を過ごしていく。大多数の人間が普通の生活をしているのに、自分達はまるで違うのだ。いつ怪我をしたり戦力外になるか分からない競争社会で闘っていては、とてもじゃないが普通の生活など出来はしなかった。結婚して子供を産む行程さえも何となく躊躇してしまう自分が存在してしまう。なぜならば、子供を産んだ時点で自分と比べられるのは明らかだからだ。それを考えていると普通に生活している同級生を羨ましく思えてくる。毎日毎日精神的に不安定な状況で、悪い時にはパニック寸前に追い込まれる。これは自分の精神が弱い事が要因だと思われるが。それ以上にプロ野球界は予想以上に過酷な世界なのだと知ったからだ。たとえ三冠王を獲得しても精神は決して安定しない。来年になればさらなる期待が重荷となってのしかかり、野球選手でいる限りは重圧が無限に続く。それを19歳の年齢で悟ったのが紛れも無くAKIRAだった。



 ******************



 ヒーローインタビューを終えたAKIRAに待っていたのは思いもよらない出会いだった。ロッカールームで着替えをして寮に帰ろうとしていたAKIRAに声をかけてきたのは、なんと鬼崎喜三郎だった。最初はサングラスをかけていたので分からなかったが、彼から放たれている凄まじいオーラを感じて正体に気が付いていた。身長が203センチのAKIRAよりも鬼崎は身長が高い。メジャーリーグの公式プロフィールには身長207センチと書かれているが、それ以上だと体感させられる。それほどまでに、彼の威圧感を次元を超えているのだ。さっきまでは20メートルの距離で互いの存在を確認していたが、こうして生身を見ていると引き込まれそうになる。生きた伝説を間近で見る体験は脳に凄まじい快感を与えているのは間違いないだろう。彼の姿を見ただけでさっきまでの疲労感など吹き飛んだからだ。それぐらい、人は刺激のある生活を望んでいると言えるのだが。


「あんたが鬼崎喜三郎か。こうして近くで見ていると取り込まれそうだな」


 そう、彼の存在はブラックホールそのものなのだ。例えは悪いかもしれないが、紛争地域から突如として出現するカリスマ的存在に思えてくる。彼の外見はまさに戦争を生き延びてきたような格好をしていて、指導者の素質が溢れんばかりに出ている。サングラス越しから見える彼の僅かな眼力だけでも虜にされそうだった。人は生まれながらにカリスマ性を持っている訳では無い。厳しい環境に身を投じ、生死を分ける闘いに挑み続けた者にだけ身に着くのだ。だからこそ、AKIRAは鬼崎を見た瞬間に取り込まれそうになったと表現していた。彼の存在そのものが引力のように思えて仕方がないからだ。すると鬼崎はAKIRAの問いかけに納得した様子でサングラスを外してポケットにしまい込みながら応じていた。


「君の活躍を部屋の中で観戦していた。君も途中から気が付いていた様だが、ワシという存在に恐れを抱いていたな。少しでも良い所を見せようと体が勝手に称賛を欲しがり、結果的に脳と体が相反する結末を生み出していた。脳は満足していないが、体は満足して疲労を感じていると」


 鬼崎の観察眼は的を射ていた。確かに脳と体が喧嘩をしているような感覚を試合中に体験していたからだ。普段は脳と体を出来る限り落ち着かせているので、暴走するような真似は決してありえない。だが、称賛を無意識の内にでも欲しがってしまうとこのような体験をしてしまうのだとAKIRAは驚きを隠せなかった。それと同時に、鬼崎と言葉を交わすだけで脳が震撼して活性化している事も分かっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ