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かつてインタビューで野球選手として何を貢献できるかと問われた時、AKIRAは即答しなかった。そもそも自分はまだ成長過程の待っただなかであり、自分が野球選手であるかどうかの区別もつかなかった。まだ本当にプロで野球をやっているのか、その自覚さえも分からなかった。そんな中でも、輝かしい成績を残して今年はツネーズの矢部を引き離して三冠王を獲得していた。打率も3割5分台を超えていて、ホームランの数も日本人パワーヒッターとしては文句の言いようがない成績だった。それに得点圏打率もチーム内で2番目に位置している。無論、得点圏打率ナンバーワンは飛ばし屋の芝田に決まっているのだが、とにかくAKIRAは4番としての指名を果たしていた。今でこそ投手として登板している真っ最中である。しかしそれでも打順は4番で変わらない。打撃力はチーム内でもトップクラスに座しているのだから4番起用をしても当然である。4番と投手の二刀流はAKIRAが史上初なのも当然である。長打力もあればミート力もあり、おまけに足も速い。本当ならば3番バッターとしての起用が多くても良かったが、日本には4番打者が絶対的だと風潮がある。そんな中でチーム最強のバッターを4番以外にしてしまってはいけないと首脳陣からはストップが出てしまっているのだ。AKIRAはどちらかというと重圧には弱いタイプだ。世間からは『緊張知らずの男』だとか『熱き魂を胸に秘めている男』と言われているが、彼自身はそんな事を一度たりとも思った覚えは無い。人一番のあがり症だし、試合前になると全身が機械仕掛けの人形のようにカタカタと震え始める。ここまで緊張している選手など中々いないので、かなり精神的に弱い人間だと自覚している。とはいっても、精神的に弱いのをコンプレックスだと思ってはいない。むしろ、誰にでも誇れる長所だと思っている。なぜならば、緊張している時は脳が興奮して震えているのだと気付いたから。これから大歓声に包まれるであろうスタジアムに乗り込むだけで脳が興奮し始めて、体も震え始める。人はそれをネガティブな緊張だと捉えているが、本当はポジティブな緊張な筈だ。これから仕事に行くのだから恐怖心などありはしない。むしろ自分が勝手に怖い場所だとイメージしているから、緊張さえもネガティブだと思い込んでしまう。しかしAKIRAはそうじゃなくて、全身が震える程、脳が興奮しているのだと結論に至った。だからこそ、リラックスよりも体が力んでいる方が良い結果を残せると信じている。他の心理学者は「緊張するな、リラックスしろ!」と言い聞かせているかもしれないが、試合をしている最中にリラックスをするのは御法度である。不必要なエラーを生み出すのはどう考えても脳が働いていない時だ。リラックスしているのはすなわち、脳を停止させて判断能力を鈍らせてしまっている。そんな事をしてしまっていては、瞬時の判断が命取りになる野球界では通用しない。AKIRAのように全身が震えるほどの緊張感を身に纏えとは言わないが、ある程度は緊張しておかないと生活のメリハリもつかなくなるので、要注意だ。あくまでも仕事で緊張して、家の中で緩和をするのが最高のストレス解消法なのだから。
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結局、空振り三振に終わってしまったAKIRAはベンチの中で自問自答をしていた。AKIRAの珍しい三振に興味を抱き、寄ってくる知念をあしらった後は自分の世界に入っていた。何も三振したのは屈辱的ではなく、それよりも何故三振したのか、そこを重点的に考えていた。生きている上で重要なのは発生した物事の理由を知る作業であり、その作業こそが自問自答だ。世の中には『考え事をしているとセロトニンが不足してストレスを溜めてしまう』と説いている人もいるが、そこは千差万別だと考えて欲しい。人間によってストレスを感じる瞬間などまるで違うのだから、AKIRAは自問自答程度ですとれすなど溜めこみはしない。むしろそれよりも疑問を頭の中に残しておいた方が精神的痛みを生じてしまう。そもそもAKIRAの全ては自問自答から始まったと言っても過言ではない。陸上をやめて野球部に入ると決めた時も悩みに悩んで自分で答えを見出した。そのおかげで、最年少の1億円プレイヤーとして今年は三冠王確実とまで言われるようになっていた。なので、AKIRAにとってはこの瞬間が最高に嬉しかった。疑問が現れる度に嬉しさを隠せない自分が存在している。他の人には分かってもらえないだろうが、自分の中の疑問を解決する度にAKIRAは強くなってきた。だから疑問と成長は紙一重に揺れ動いているのだと、最近は思うようになっている。
そんなAKIRAが注目している点は外部から生じている謎の重圧だ。敵チームの選手でもなければ観客でもない、それこそ自分の体から発生される物でもない。とにかく今までに感じた覚えも無い特殊な重圧なのだ。これを解決した時には脳もすこぶる喜んでくれて、また1つ成長出来るだろう。それ故にAKIRAはベンチに座り込みながら自分の世界に閉じこもっていた。目の前で繰り広げられる勝負をちゃんと眼で見ているが、心は試合には向いていない。重圧の出所を知るために、神経を全方向へと集中させていたのだ。




