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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
171/426

171  汗を吹き出すほどの重圧


 野球とは人生だと思っているAKIRAだったが、それ以上に人生を活性化する上で大切なのは貢献であると理解するようにもなっていた。ここで言う貢献の意味とは勿論、無性の愛である。自分に利益などまるでなく、自分が何かを出して相手に喜んでもらえるのが貢献なのだと、最近のAKIRAは寄付をするようになっていた。基本的にはケチンボな性格のAKIRAだが寄付をするは積極的だった。なぜならば貢献をしようとする感情を抑えきれないからだ。彼ら彼女らの幸せそうな顔を見ていると、何かをしたくなる。それは野球選手としてではなく一人の人間としてだ。ところがAKIRAは野球のために何もかも捨ててきた男だ。既に両親とは険悪の仲であり、あまり顔合わせもしていない。幼少の頃から陸上選手として鍛え上げていたのに、急に野球の道に進まれては納得が出来ないのも当然である。AKIRAもそれを分かっているので余程の事が無い限りは両親に連絡を入れていない。今年は『小学校時代のアルバムを届けてくれ』と文通で依頼したのがもっとも印象的な触れあいだった。そして荷物が無事に届いたのはいいが、着払いに指定されていたのは言うまでもない。両親は結構な財産を築いているにも関わらず19歳のAKIRAに運送料を払わせようとするのだから結構な熾烈が生じてしまっている訳だ。そんな彼も同様に親への仕送りはしていない。それに顔さえも4年以上見ていないのでどうにか関係を取り戻さないと思っているのだが、まだそれを解決するには早すぎると感じていた。そのため、今は募金に精を出している訳だ。結局は無性の愛を相手に与えるのが人生に張りを持たせる要因となるのだから、そのために金を惜しみだすに使うのは当たり前だった。AKIRAは別にケチな男ではなく、金の使い道を納得するまで吟味しているだけだ。無駄だと思えば節約をするし、人生の投資になると判断した場合は金を使う。だから基本的には給料のほとんどを貯金している訳だ。少なくともお金が増える度に安心感を覚える自分が存在している。普通の人間ならば金が無いよりかはあった方がいいに決まっているので、出費を出来るだけ抑えて潔く貯金する方が身のためである。過去に人気も知名度も高く、CMにバンバン出演していた野球選手が破産寸前に追い込まれた事があった。その人物は過去に変化球しか投げない投手に向かって声を荒げたほどの短気だった。そういう性格が影響したのか荒い金使いをしてしまって財産のほとんどを失ってしまった。無論、そんな人生に張りなどある筈もないので、AKIRAは募金以外に大量の金を使うのはほとんど有り合えなかった。余計な出費は自分の精神状態をどん底に突き落とす可能性だってあるのだから。



 ********************



 打席に立っているAKIRAは凄まじい重圧を感じていた。それは普段試合で感じている緊張感が生ぬるい湯船だと思わされる程の異常性だ。いつもは軽々と触れるバットも今日は重いと感じさせる。嫌、バットだけではなく体全体が重いのだ。それはAKIRAだけではなく相手捕手も相手投手も同じようで、顔から大量の汗を噴きだしている。一体、自分達に何が起きたのか、この打席の中で確かめようと思ったAKIRAはいつものルーティンを行った。普段ならば簡単に出来るストレッチさえも、今日に限っては鋼鉄の鎧を着ながらストレッチをしているようだった。しかし苦しいからと言って普段の行いを蔑ろにしていては精神の異常を招く危険性もある。なので、どんなに苦しい状況だとしても自分だけは見失ってはいけないと、ルーティンを重ねるのだった。


 そんなAKIRAを称賛しているのか、相手捕手は左手にはめているグラブと右手を叩いていた。この男はかつてAKIRAを壊そうと目論んでいた矢部捕手である。しかし彼は入院生活を切っ掛けに本当の自分を見つけ出す。本当の自分はライバルを破壊するような惨めな人間ではなく、ライバルの活躍を素直に褒められるのが自分なのだと。それに気が付いてから矢部はますます活躍するようになり、去年は捕手としては史上2人目の三冠王を獲得していた。今年の三冠王は既にAKIRAと決まっているのだが、それでも打率、本塁打、打点の項目は全て矢部が2番目である。勿論矢部は歴史に名前を刻む捕手へと成長しているだけに、この感覚をAKIRAと同様に感じているようだ。座っているだけでも疲労感を隠しきれないようで、疲れた表情を見せている。しかしそれでもファンのために座り続けている姿勢は称賛に値する。


 それは相手投手もそうだった。そしてフィールドで守っている野手も必死に重圧感を耐えている。打席の中でその様を見ていると、まだまだ野球選手には骨が残されていると嬉しくなるAKIRAだった。こうなってくると、自分は耐えているだけではいけないと思わせられる。彼らよりも上の状態に自分をもっていかないととてもじゃないがヒットには出来ない。そう確信をしているAKIRAは初球の球を積極的に振りにいっていた。120キロ台のチェンジアップだったが、コースは左程悪くは無かった。普段ならば容易にヒットコースだと思える。ところがこの打席では思っている以上に全力を出せないようで、空振りをしてしまっていた。先程のチェンジアップはどう考えてもボール球なのに、頭の中ではストライクだと判断したのだった。


「早急に修正が必要だ」


 自らのフルスイングでヘルメットが落ちる瞬間が、スローモーションのように感じさせられていた。この空振りに修正が必要だと判断するAKIRAは常識的だとも言える。なんせ288試合を経験したAKIRAでさえも、空振りがスローモーションに感じるなんて初めてだからだ。明らかに何らかの外的作用が働いているのは言うまでも無かった。



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