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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
164/426

164  決意


 AKIRAのイップスは未だに治る兆しは見られなかった。加々美との対戦で自分の思うようなバッティングを出来たのだが、それだけだった。そこからは勝手にホームランを打ってしまう自分に逆戻りしてしまい、単打を打つ機会が激減していた。AKIRAの得意としている内野安打やバントヒットすらも出なくなってしまい、気が付いた時にはホームランアーチストの称号を世間から与えられていた。本当の自分とは掛け離れた称号だけに、AKIRAは納得が出来なかった。ホームランアーチストではなく、自分は足も速くて守備でも魅せる5ツールプレイヤーの称号を目指していただけに不満感は多少なりともあった。それに、理由の分からないホームランなど自分にとっては何の価値も無く、戒める存在でしか無かった。いくらファンの人達がAKIRAのホームランに喜んだとしても、自分はまったく喜べない。AKIRAの考えている理想のバッティングとは、観客が納得してかつ自分自身も納得出来るバッティングを理想としていた。5打数1安打でホームランが1本の打撃成績などでは、満足出来る筈も無い。それに、足を生かしたプレーをしている時だけ、満足感に似た感情を得られる自分が存在している。なので、ホームランの数をいくら伸ばしても嬉しくなんて無い。ホームランは1試合に1本打てればそれでよく、他のヒットは内野安打やバントヒットなどの相手投手が本当に嫌がる成績を残したかった。あくまでもホームランは1本だけで良いので、何本も何本も打つのはAKIRAにとって調子を狂わせるだけの要因でしかなかった。


 そんなAKIRAと同じ道を辿っているのが、現在の阪海ワイルドダックスだった。現在は9月31日で、明日にも最終戦を迎えている状態だ。もしもこの試合が優秀争いをしているのならばチーム状態も良好で、程よい緊張状態を保っているだろう。ところが、今の阪海は泥沼の16連敗をしていて最下位に沈んでいた。8月上旬まで優勝争いをしていただけに、余計に最下位の3文字が心に響いているようだ。勿論、阪海がここまで落ちぶれたのはハッキリとした理由がある。それは正捕手玉井の怪我が原因だった。8月21日、空振り三振をした時にバッターボックスで玉井が蹲っていた。周りの力を借りないと立てない状況にまで追い込まれていたので、念のために途中交代して病院に連れて行くと、医者からは疲労骨折と診断されてしまった。しかも全治2か月の大怪我だったので、最終戦まではとても間に合わなかった。こうなると2番手捕手の五十嵐を起用するのが得策だろうが、五十嵐は壊滅的に打撃が悪く、それでいて右投手と相性が悪いので左のワンポイントと併用する形で起用されていた。そんな五十嵐をスタメンで起用するのは明らかに試合を落としかねないので、仕方なくファーストにコンバートした松本を一時的に捕手起用するしかなかった。ところが、この起用が阪海を泥沼に落とす引き金になっていたとは誰も想像出来なかったらしい。


 既に松本は、完全なるファースト守備を手に入れているからか、捕手として起用されている時はミスを連発して、リードも壊滅的に悪かった。エースの東川でさえ簡単にホームランを打たれ、1回を8失点の大炎上で終わった時もあった。こうなると投手陣の投壊は時間の問題だった。もやは誰が投げても失点を重ねてしまい、面白いようにポンポンとホームランを打たれてしまう光景がそこにあった。松本のリードが壊滅的なのが理由だとされているが、それ以上に玉井のリードが今まで素晴らしかったようだ。他球団ではどう見積もっても5~6番手から2軍の先発投手陣になってしまう選手達を好リードで演出して、一時期は最多勝利や最優秀防御率を維持するように仕立て上げていた。しかしそれも松本のお粗末な守備に阻まれて、終わってしまった。今では他球団のファンから『阪海バッティングセンター』と罵倒されるようになり、AKIRAまでもが屈辱感を感じていた。次第にAKIRAも二刀流復活を首脳陣から期待されてしまっていた。確かに170キロのフォーシムを投げられるAKIRAを先発で使うのは悪くない。だが、コントロールに難があるので、とてもじゃないが1軍で何度も使うレベルには達していなかった。それに投手の練習など満足にしていないので打ち込まれるのは自分自身でも分かっていた。それでも、監督はAKIRAに投手して試合に出て欲しいと願うようになっていた。苦肉の策だと分かっているが、もはや阪海ワイルドダックスの看板選手はAKIRAだ。彼が登板するのはファンも望んでいるようで、こうなってくるとAKIRAの投球で流れが変わるんじゃないかと、ファンだけではなく監督さえも思っているようだった。



 ***********************



「お前だけが頼りだ。お前しかチームを救える選手しかいない」


 いつものおでん屋さんで、監督とAKIRAは話しをしていた。その内容とは勿論、明日のナイトゲームにAKIRAを先発投手として起用する事である。ここまで泥沼の16連敗を喫してしまい、もし明日負けてしまうと17連敗のままシーズンを終えてしまう。それだけはなんとしてでも避けたいと思っているのは監督だけではない。AKIRAも17連敗でシーズンを終えるのは選手のモチベーションもそうだが、ファンの期待を踏みにじる事に繋がるので、なんとか明日だけは勝たねばならない。たとえ最下位が決まっていたとしても絶対にだ。連敗で終わるのと、勝利で終わるのとでは、来季に向けて闘っていく姿勢すらも変わってしまうからだ。AKIRAもそれを重々承知しているのだが、全ての責任を自分に背負うのは19歳の彼にとって深刻な問題だった。明日の結果次第では屈辱に塗れる可能性だってあるし、これからの選手生活に影響を出してしまう危険性も含まれている。なので、そういうリスクも考えて、決断しなければならない。さすがのAKIRAもおいそれと「はい」と言う訳にはいかないので、熟考する時間が普段よりも長くなっていた。


「俺が投球しても勝利する保障は無いぞ。それでもいいのか?」


 まさしくその通りだ。AKIRAが投げたとしても、チームが勝利する可能性は限りなく低い。それだけ、今の阪海は追い込まれた状態になっている。投壊もそうだが、野手陣の打撃成績も芳しくなかった。辛うじてクリーンナップが好成績を残しているだけで、下位打線は壊滅的だった。去年、犠打王に輝いた田中は今年極度のスランプに陥っていて、28打席ノーヒットで打率を.203に下げていた。こんな状況で本当に勝てるとは確信を持って言えないのも仕方が無かった。しかしそれでも監督は首を縦に振っていて、握手を求めてきた。


「希望を失うよりマシだ。ワシらにはまだ、お前という希望が残っている」


 微かな希望である。しかし、何も無いよりかはある方が良いと思ったAKIRAは意を決して握手に応じた。これで明日の先発を約束してしまった。一旦決めた事は絶対に撤回しないと心に決めているので、もう後戻りは出来ない。こうなれば明日のために全力を尽くすだけである。


「……分かった。明日は俺に任せてくれ」


 自分の姿勢を突き通すのがAKIRAの信念だ。もしも明日登板しなければ一生後悔してしまうかもしれない、そう思っただけで登板を否定する訳にもいかなくなった。やって後悔するよりもやらないで後悔する方が後にも残ると思ったから、最終的にプレッシャーのかかる道を選んだのだ。それが自分に対するケジメだとも思っているし、もしかすると何らかの手応えを得られるかもしれない。圧倒的にリスクの可能性が高いが、それでも成長の糧なる可能性も否定は出来ない。だからこそ、目の前の壁を乗り越えようとする自分が土壇場で現れたのだった。



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