160 自分を見失った時の行動とは
AKIRAがどんな逆境に立たされても決して目の前の現実から逃げ出さないのは理由があった。それは過去に何度も挫折を経験して、それを乗り越えてきた自分がいる事を知っているからだ。今でこそ無尽蔵の体力を持っていると恐れられているが、昔はマラソンでも後ろから数える方が早いと言われた屈辱を味わった。しかしそれでもAKIRAは日々の練習こそが飛躍するために必要不可欠だと信じてきた。チームメイトからどんなに「練習の虫」だと言われて罵倒されようとも、AKIRAは屈辱を跳ね除ける一心で走り続けた。学校が終わると家の敷地を何度も往復して走り込みに明け暮れて体力をつけようと一心不乱に走り続ける。それでいて両親はとても勉学に厳しい人だったので、小学生とは思えない過酷な日々を過ごしていた。今思えば、幼少の頃から努力が大切だと分かっている自分で良かったと思わされる。当時、ほとんどのクラスメートは努力よりも遊びに徹している子がほとんどだったので、真面目に練習を続ける者が批判の的になるケースが多々見受けられた。無論、AKIRAもその内の一人だ。しかしそれでも自分の信じる練習を続けて、最終的にはマラソンでもトップを走るようになるまで成長したのだ。そしてその時、AKIRAは自分の考えは間違いでは無かったと確信していた。
今思えば、当時のあの出来事が未来の自分に繋がっているのだと断言出来る。小学生時代に当たり前のようにやっていた事を大人になってもやれば、大抵の事は上手くいく。世の中はそういう仕組みになっているのだと。例えば、小学生の時は当たり前のように朝早く起きて大好きな特撮ヒーローを見ていた。だからこそ、大人になってからも特撮ヒーローを見るために早起きをするのは大切だとAKIRAは語っている。そして結婚をして子供が生まれた時に一緒に戦隊シーローを見るのが一番理想的な流れであろうとも考えていた。このように、小学生の時に無意識で行っていた行動こそに意味があるのじゃないかと思うようになったのは今シーズンが始まってからだろうか。元々、去年とは何かが違うシーズンにしたいと考えていたので、まずは試行錯誤から始まった。そこから派生して自分なりの野球哲学を身に付けたりしていく内に、小学生の自分を見つめ直す機会が圧倒的に増えていた。それこそ両親から小学校時代のアルバムを送ってもらう程の徹底ぶりであり、それを眺めていると若い頃の自分は笑顔が溢れている事に気が付いた。それこそ何をするにしても口角を上げて笑みをこぼしており、楽しそうにしていた。だからAKIRAは今置かれている状況を心から楽しもうとする意志を抱いていた。勿論、意志だけで何とかなる程、野球は簡単な競技では無いので初心を忘れるだけではなく、大人になった自分の心でも野球に対して情熱を向けるのが大切だと感じていた。心の中に小学生の自分と大人の自分を住まわせるのはアスリート界では結構なあるあるネタなので、AKIRAのやっている事は特別珍しくない。とにかくAKIRAのようなアスリートは自分を高める作業を延々と繰り返すので、時々自分が何者なのか分からなくなってしまう。その時にこそ、子供の自分と大人の自分が心の中からメッセージを発して「君はAKIRAだ」と励ましてくれるのだった。
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「俺はお前のように前向きにはなれない。常に後ろ向きに物事を考えて、自分は駄目だと言い聞かせた。だからメジャーに挑戦する勇気などまるで湧かない」
加々美はそうだと言うのだ。悲観だからこそ、一歩踏み出す勇気が湧かないのだと。しかしだからと言って、いつまでも見えぬ未来に怯えているままではラチが明かないのは誰もが分かっている筈だ。それでも前に踏み出せないのであれば、加々美の行動力は常人のそれよりも下回っていると考えられる。そもそも人間は行動しないと真価を発揮だせない生物なので、前に動いてこそなんぼだ。AKIRAはそう思っているだけに、加々美は何故メジャーに行かないのか未だに理解が出来ないままである。勿論、理解出来ぬなら何度でも聞けば良いだけの話しなので、AKIRAはとことん加々美を話し合う事に決めていた。
「加々美先輩の行動力が底をついているのは火を見るより明らかだな。恐らく、このままでは今の現状に満足するだけの面白みの無い人生に成り上がっていくだけだろう。果たしてそれでいいのか? 自分の心に問いかけてみたらどうだ」
厳しい言い方かもしれないが、前に進もうとする意志を失くした者には明るい未来など訪れない。現状維持で満足しているとそこで進化は止まってしまうので、とにかく何事に対しても体を進ませる勇気が必要だと、AKIRAは思っていた。それこそ、自分の仕事ならば尚更だと。人生において消費時間の半分以上は仕事に費やしているのだから、そこで進化を止めてしまうのはあまりにも勿体ない。見果てぬ先へと挑戦できる力があるのであれば、積極的に動くべきだ。少なくとも、AKIRAはそうして生きてきた。というよりも、ほとんどの者は途中まで積極的に生きてきたのだから、昔出来た事が今出来ない訳がない。それを説明するために、AKIRAは言葉に魂を乗せて思った言葉を口にしていたのだった。
「自分の心に……問いかける?」
すると加々美は少しだが、AKIRAの言葉に耳を傾けるようになっていた。




