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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
159/426

159  オンとオフの切り替え


 自分自身の考え方が結局は大事だと気が付いたのは、高卒1年目に40本以上ホームランを打って輝かしいスタートダッシュを成功させた去年に遡る。あの時は先人達の考え方を自分の物にしようと必死に自伝やエッセイを読み漁っていた時期だったのだが、結局最後まで彼等の考え方を理解出来ずにシーズンの終わり頃は自分の思考に重きを置いて打席に集中していた。すると、意外にも結果は出てくれたので、その時に気が付いた訳だ。自分の理性に従っていれば失敗は最小限に食い止められるのだと。去年のシーズンは特に過去活躍していた日本人メジャーリーガーの至言を胸に秘めて野球に臨んでいたのだが、そうすると自分の感覚に違和感が生じていた。本当の自分はこう思っているのに、結果を残した一流選手の考え方がこうだから、自分の考え方は間違いと勘違いしたから起こってしまった。自分の内から湧き上がる感情と言葉は自分だけの物であり、決して他人の物じゃない。だからよく言われている名言や至言など人生において何の価値も見いだせないと判断したAKIRAは、そういうエッセイ本を読まなくなった。そのおかげで今は、野球人生とは何かと自分の力だけで考えるようになったので他人の意見に惑わされる自分は少なくとも今はいない。AKIRAも人間なのでこれから先の自分がどうなるかは分からないので断言は出来ないが、少なくとも今は内なる感情を信じて野球を続けられるので頭の中は霧一つも無い晴天状態だ。とにかく昔は他人の言葉に惑わされて自分自身を見失っていたので、今の状態にとても満足している。


 だからこそ、プロ野球選手を夢見る子供達には「他人の意見を参考するよりも、自分の思考に頼っている方が不安を感じずに済む」と言い聞かせているのだが、子供達には如何せん聞き入れてもらえない。子供達は人の真似をしたがる性質を持っているので仕方ないかもしれない。しかしそうだとしても、ずっと幻影を追い求めるだけの生活をしていては身も蓋も無いので、いずれは自我を持ってオリジナリティーを世間にアピールしなくてはいけない瞬間が訪れる。無論、ここで言う世間とは大学野球の関係者やプロ野球スカウトの人である。確かに独創性は無くとも将来性を買われて大学なりプロに入る人は多少なりともいる。だがそれはオリジナルを発揮するための期間が短縮されただけで、何の解決もなっていないのは周知の事実だ。なので周りから注目を浴びるための技術なり体力なりを身に着けるのが最優先事項となる。その点、AKIRAは元世界陸上経験の足と肩を持っていたので当時の野球部監督から「野球をやってみないか?」と誘われたのだ。このように、他人の目を自分に向けさせるための情報が一つでもあれば野球人生は上手くいく。そういう考え方を持ち、AKIRAは今までの経験を踏まえた上で結論に至った訳だ。


 無論、これらの考え方はAKIRAの物なので決して他人にはオススメ出来ない。だからこそ彼は「俺は道案内をしているだけだ。ゴールは自分の力で辿り着け」と口を酸っぱくして言い聞かせている。なので、相談事を引き受けた際には必ず結論を言わずに疑問を残した言い方を多用しているのだ。その理由はまさにそこにある訳だった。可能性は無限にある筈なのに、他人が結論を出すのは無意味で無価値な考え方だと。



 **************



「プハッー! 仕事終わりの一杯は最高だ!」


 まるでサラリーマンのように夢中で騒いでいるのはAKIRAだった。しかも右手にはリンゴジュースの入ったグラスが掴まれているので決してビールでは無い。そもそも彼はまだ19歳の未成年なのでアルコールの入った飲料は飲めない。なので今はリンゴジュースで我慢するしかないのだ。しかしそれでも、喉越しはすっきりとしていて渇きを潤すには十分である。そしてリンゴジュースを飲んで表情を晴れやかにするのは球場のAKIRAでは考えられない行為だ。これは勿論、彼にもオンとオフは存在しているので、今はオフの状態を心の底から楽しめている状態だという訳だ。こうしてAKIRAは仕事でペルソナを被る事で現場で感じるストレスを最小限に食い止めようと模索していた。オンの状態で感じた苛立ちやストレスは絶対に持ち帰らないように、試合が終わったらすぐにAKIRAというペルソナを脱ぎ捨てて、渡辺明に戻る。そうすれば、オフの状態では何も苦痛を感じずに目の前の現状を愉しめる。今の様に。


 だが、それとは裏腹に状況を全く楽しめていない人物が目の前にいた。加々美はビールを注文しているのに表情は曇り空で下を向いている。ただ淡々とビールを飲んでいるだけで感情を感じられない。オンとオフでの感情の切り替えが大事だと思っているAKIRAにとって、加々美の行動は不可解で仕方が無かった。だがそこは「意志と行動は人によって違うんだ」と思って何とか乗り切ろうとはした。したけれでも、結局AKIRAは我慢できずにこう言った。


「もっと明るく、この現状を愉しもうじゃないか。特に仕事から離れてる今はストレスから解放されているから、とても幸せだと思わないか!」


 これではどちらが人生の先輩なのか分からないが、とにかくAKIRAはそう言ったのだった。



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