表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
154/426

154  心と体に変化を刻む


 ただひたすらランニングをしながら自分とは何かと問い続けるのは孤独感と不安を発生させる要因となっている。しかし、その感情さえも凌駕してしまう程の結論に至る可能性だってあるのだから思考を止めるのはAKIRAにとって死活問題となりえるのだ。特に、不振の時は何かを考えながら練習をするのが一番効果的だと身を以って体験しているので思考停止などもってのほかであるとAKIRAは考えていた。そして今、彼が考えているのは監督の言葉であった。監督が言うには「恐怖にアンガージュマンをしていくのが野球選手としてだけではなく、人間としても成長出来る方法」だそうだ。アンガージュマンとは哲学用語で積極性を意味する用語だが、何故彼があの時に哲学用語を用いて説明していたのか、その理由を探ろうと必死に考え事をしている訳だ。全ての出来事には理由が生じているので、監督も意味も無く哲学用語を使った筈も無いので、その言葉を吟味するだけの時間を確保しなければならない。このように、AKIRAは他人が投げかけてきた言葉を自分流に解釈をするのが得意でもあり、必要な行為だと思っている。こういった考え方を編み出すようになったのは彼が世界陸上に出場して一躍全国に存在と名前を知らしめた時期だった。あの時は凄まじい重圧を身に染みていて、他人の言葉がとても怖かった。今までは普通の中学生として気軽に買い物へと行けたのに、世間から注目されるようになってからはそれでも出来ない。彼は中学生の時から身長が高かったので何処に出かけても目立ってしまい、確実に渡辺明だとバレてしまう。最初はそれも誇りに思えたが、徐々に人の目や言葉に恐怖を抱く自分が存在していたのを思い起こされる。特に、人々が投げかける称賛の言葉に対して違和感を感じていたのだ。誰もがAKIRAの事を「良くやった」「メダル獲得おめでとう!」と笑顔を振りまいて言ってくるが、いつしかどうやってその言葉に応えていいのか分からなくなっていた。素直に「ありがとうございます」と頭を下げていいのか、それとも胸を張って「まだまだ発展途上です」と自信を持って言い放つのか、どうすればいいのか分からない。結局その疑問から解放された時には陸上選手を辞めた時である。最終的には野球選手になって初めて周囲の声に応える方法を見つけ出したのだが、陸上選手としての自分では答えを見つけられなかった。当時は恐怖心をどうやって拭い去ろうと目論んでいたが、今思えば中学時代の自分は目の前の現実から逃げていただけだったとハッキリと言える。だからこそ、監督が言ってくれた言葉が胸に突き刺さるように響いていたのだった。


 こうして感銘を受けた言葉を吟味して自分流に解釈する行為はとても楽しいが、それと同時に頭の中から幸福感が抜けていく感覚が芽生えていた。そもそも、考え事をしていると幸福感が無くなってストレスが溜まりやすいと言われているので当然と言えば当然だ。しかし、AKIRAはたとえストレスが溜まったとしても、野球は思考をフル回転させて取り組まないと簡単に不調に陥るスポーツだと分かっているので、無意識に頼るのは駄目だと自分に言い聞かせていた。確かに意識をせずにフィールドに立つのは短期間で結果を残すのが可能だが、無意識で結果を残し続けられるのは天才だけだ。自分は天才では無いと分かっているので、思考を停止する訳にはいかないのだ。常に頭を動かして、試行錯誤しながら野球を続けるのがAKIRAなりの所作でもある。このような価値観を抱いている選手は中々いないので、自然にひたすら自分の世界を創りだしていき、それに人々が巻き込まれていく現象が増えていた。誰もがAKIRAの世界観に興味を抱き、彼は一体何を考えながら野球をしているのかと不思議に思っている。それはファンだけではなくチームメイトもそうだ。AKIRAは人とは違う事を進んで行っているので、周囲の人間も次第に興味心身になって彼の行動なり言動なりを見守っていく。今ではAKIRAの喋り方と見た目を表現する物真似芸人が出現するようになって、AKIRA自身もそれをバラエティー番組で見て腹を抱えて大笑いする程だ。是非ともオフには彼と共演して、どんな芸人哲学を抱いているのか直接聞きたいと思わされるのだった。それだけ、他の世界で活躍している人間と言葉を交わすのは脳の刺激になって心と体に変化が刻まれていると感じていく。とにかく、野球選手は自分がどう思ってるかが一番重要なので脳が刺激されていく感覚に芽生えるのがとても嬉しくて、たまらない。それは言葉に表現出来ないが、素晴らしく胸に響いて自分が生きていると感じさせられる行為だとは自信を持って言える。


 とにかく、今自分がすべきなのは精神を安定に導く事なのでそのためにはありとあらゆる先人達の知識を吸収して、自分流にアレンジして解釈する作業が必要なのは分かりきっている。だからこそ、彼は黙々と練習しながら監督の言葉について吟味していたのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ