150 野球の意味
野球選手になったからには、必ず引退の時は訪れる。それは70歳を超えても尚、一線で活躍し続けている伝説のメジャーリーガー鬼崎喜三郎にも言える事であるので何をどうしようがその二文字から逃げる事は出来ない。そういう意味では、野球選手はやがて引退を迎えるにも関わらずプレーしなければならない。そしてAKIRAは何故、引退をすると分かっていても野球を続けているのかと最近になって疑問に思うようになっていた。それは勿論、野球は仕事だと自負しているから続けている選手がほとんどだと思うが、AKIRAは違っていた。自分でも野球をしている意味がよく分かっていないかもしれないが、やがて大人の階段を登っていく内にその意味がなんとなく分かるのだろうと感じていた。なので野球をする意味を知るために、AKIRAは野球を続けているとも言える。口では観客のために野球をしていると言っているが、本当にそうなのかと自問自答すれば素直に頷ける自分は存在していない。確かにそうかもしれないと答えるだけであって確信を持ってお客さんのためにやっていると言えなかった。その理由もまだ分からないが、自分の野球選手としての人生はまだ始まったばかりなので、自分に問い直す時間はまだいくらでも残されていると思っていた。
練習をすればする程、野球とは何かを考えさせられるとAKIRAは感じていた。それほどまでに野球は奥が深いスポーツで結果だけでは物事を語れないのだと、これに関しては確信を持って言えた。常に自分の精神状態を疑わないと不調をきたしてしまう程の繊細さを誇っているかと思えば、球場に足を運ぶと豪快なプレーを観客に求められる。これらが積み木のように微妙なバランスで保たれていて、自分の信じている姿勢を一つでも崩してしまえば、簡単にスランプが訪れてしまうのだ。それでいて打撃では7割以上の失敗を許されるのだから野球を考えれば考える程、奥が深いと思わされるのも仕方がないのだ。
しかし、これだから野球は面白いとAKIRAは同時に感じていた。これほどまでに自分の哲学が物を言うスポーツを体験したのは過去に無いので、疑問こそが生きる源だと頑なに信じているAKIRAにとっては、まさに理想の仕事だと言える。勿論、理想とは言ったとしても仕事なので楽しいことよりも辛いと感じる部分の方が圧倒的に多くて、心身共に疲れ果てる。毎日同じ事の繰り返しで、どんなに良い結果を残しても明日になればまた最初からやり直し。しかも前日よりも自分が成長しているか後退しているか分からないので、そこでまた疑問が生まれる。どんなに調子が良くても結果に結びつかないのが野球なので、フィールドに立っているだけでは自分の様子が分からない。自分が今、どんな状況でプレーをしているのか知るためには日々の自問自答しか無いのだった。
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監督の一言で、恐怖から逃げるのではなく挑む事を目標に掲げたAKIRAは常軌を逸する程の過酷な練習トレーニングを自らに課せていた。これは自分を追い込んで逃げ道を無くすためであり、成長がどうこうのレベルでは無い。AKIRAの場合は努力をしている時だけ余計な罪悪感を感じずに済むので、傍から見れば過酷な練習メニューかもしれないが、AKIRAにとっては精神的苦痛など無かった。肉体の苦痛など精神の苦痛に比べれば大した物ではないとハッキリと言えるので、今のAKIRAはストレスを感じずに、どうやって野球心を向上させるかがキーポイントなっていた。毎日オフの日には14時間以上の練習をしていて、フルマラソン完走分の消費カロリーを費やしていた。しかし当然ながら野球を全く知らない人物から見れば「ついに壊れたか!」と疑うのも無理はないので、自分の信頼している彼女や一般の人に自分の練習風景を見せる訳にはいかなかった。
そんなこんなで、あっという間に8月の下旬まで時が流れた。うかうかしていると時間はマッハスピードで過ぎ去っていくので苦しいと感じていても自分を高めるための努力は必要だとAKIRAは常々感じていた。もしも打開策を見つけずに恐怖から逃げるだけの生活を送っていては、きっと自分は駄目になっていたと確信が持てていた。それだけ何もせずに生きていくのは自分が普通以下の人間になってしまう事に繋がるのだと、時間の流れはそう言っている。特にニートと呼ばれている社会不適合者は普通の事さえも出来ていないので、もはや廃人状態に近い。そこから脱却するためには勿論、AKIRAのように狂ったかと思われるぐらいの練習量をこなさなければならない。少なくとも夜の10時には寝て朝の3時には起きる生活を半年以上続けないと、超人的思考を持つのは不可能である。それぐらい、朝の時間はとても大切で朝を疎かにしてしまうと人として成長できない。それを分かっているからこそ、AKIRAは早寝早起きの5時間睡眠を中学生の頃から繰り返していた。そのおかげで、スッキリとして頭で野球とは何かと考えられるようになっていると言っても過言ではないだろう。




