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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
144/426

144  流し打ちのホームラン


 3番打者としての起用が決まったのはいいことかもしれないが、AKIRAは自分でも1番バッターが最高に輝ける打順ではないかという考え方があった。その理由は至極簡単な事で足を生かしたバントヒットや内野安打が数少ない自分の誇れるプレーだという考え方だ。やはり陸上選手として活躍していた時期があったので、全速力で走っている時が清々しいという気持ちになれるし、自分の打順は1番バッターが合っているのだと自負していた。ところが、AKIRAを1番バッターに起用出来るほど、阪海ワイルドダックスの層は厚くないで現状では不可能と言っても良いだろう。AKIRAクラスの野手がもう一人いれば話は別かもしれないが、そんなのは無理だと分かっているので期待するだけ損なのは言うまでもない。そもそもAKIRAが野球選手としてスタートした頃は足を生かした左打者特有の打撃スタイルを行っていた。高校時代はその足を生かしてバントヒットと内野安打を量産して恐怖の1番バッターとして恐れられていた。肩も強いので投手としての練習が大半を占める中で野手の練習がバントや外野の捕球などの最低限しか出来なかったが、それでもAKIRAは高校3年生になった時は4番ピッチャーとしてチームを引っ張るまでの存在に至った。しかし、AKIRAが本当に楽しかったのは1番バッターとして先導していた時までであり、4番とエースの両方を任された時には既にプレッシャーとの闘いが始まっていたので楽しいという感覚など微塵も無かった。それ故に、プロの世界でも1番バッターとして試合に出場したいという気持ちが心の中で確かに芽生えていた。昨年はまだAKIRAの才能が未知数だったので色々な打順を任されていたのだが、昨年フルシーズンに出場して40本以上ホームランを打ったことで、4番に任される機会が多くなってしまった。本来のAKIRAは初回に単打を放って特攻する核弾頭のポジションだが、パワーがあり過ぎてどうしてもホームランを打ってしまう。プロ野球選手にとって、ホームランは麻薬とまで言われる存在になりつつあるが、AKIRAは珍しくホームランには特に拘りを抱いていない。それよりも相手の隙を狙ってバントヒットを決めた方がよっぽど嬉しくてたまらないのだ。これはもう性格なので仕方がない。いくらホームランを打てる能力に長けていたとしても、AKIRAのようにホームランには価値感を念頭に置いていない選手も僅かだがいるようだ。


 この試合でもそうだった。オールスター戦が終了して、ボンバーズとの一戦。AKIRAは監督との約束通り3番バッターとして試合に出場していた。3番バッターともなれば初回には必ず打席が回るので準備をしなくてはならない。だが、不慣れな打順だったのかAKIRAは入念な準備をしたにも関わらず、若干の違和感を感じながら打席に向かった。


「今日の俺は何かおかしい」


 そう呟きながら打席に入ったAKIRAは、いつものようにバットを上空に掲げて先端部分を見ながら意識を統一していた。選手にはバッティングをする上での色々な所作がある中で、AKIRAの所作は実にパワーヒッターらしい動作だった。一瞬だけバットを天空に掲げる事で、神々しいオーラがその場を支配しているようにも思える。まるでバットの先端に野球の神様が降臨したかのような気分にファンの人々は捉えるだろう。それぐらい、AKIRAの所作は神秘的かつ独創的な特徴があった。と言っても、AKIRAが上空にバットを掲げるのは肩のコリをほぐすためであって、昔からの癖みたいなものなので、ファン達が勝手に「神秘的だ」と噂にしているだけに過ぎないのだが。やはり大きなバットを持ってボールをひたすら待っているのは肩が痛くなるので、どうしても両肩を伸ばしてコリをほぐしたいという欲求が形になってしまう。


 そして、今日の先発投手は毎度同じ、ボンバーズのエースピッチャーの谷だ。誰に教わったのか理解できない程の奇妙な投球フォームから放たれる最速126キロのフォーシームはかなり打ちづらい。しかも左投手なので軟投派としての素質は十分過ぎる程だった。ところが、120キロ台のフォーシームはプロにとっては打ちごろの球にもなりえるので、完封と大炎上を繰り返すのが彼の特徴である。そんな訳で、今日の谷は石井と山室に単打を打たれて、さっそくノーアウト一二塁の展開になっていた。本来ならば「チャンスだ」と思って雑念を捨てて目の前のプレーに集中しようとするのだが、今回のAKIRAは本来のプレーに集中出来ていなかった。何故だか理由は分からないとしても、相手は待ってくれないのでこのままやるしかない。仕方なく、いつものように独特の構えをみせながら相手の出方を待っていると、やはり調子が悪いのか球威の無い棒玉を投げ込んできたではないか。しかし、コースはAKIRAがもっとも苦手としているアウトコース高めにボールが投げ込まれてきた。苦手と言っても他の選手よりかはアベレージはあるのだが、そういう意味での苦手ではない。アウトコースという用語自体があまり好きじゃないので打とうという気持ちにどうしてもなれない。するとAKIRAはとたんに力が抜けながらも何とかバットにボールを当てた。


「なんてことだ。下半身の力を十分に使えなかったぞ」


 そう思いながら流し打ちをしたAKIRAはレフト前ヒットが関の山かと思って打球の方向を見ながら全速力で駆けた。しかし、その考え方とは裏腹にグングンと打球は伸びていき最終的にはレフトの頭を超えてスタンドに入った。それは自分でも唖然としてしまう流し打ちのホームランだった。


 あまりの衝撃にポカンと口を開けて打球の方向を何度も確認しながらダイヤモンドを周っていた。未だに、本当にホームランを打てたのかと疑念に思っているので少々小走りになってしまっているのだが。それでもファンの声援がドームの至る箇所から聞こえてくるのでホームランを打ったのは間違いないのだ。しかも中々長打がでにくいとされる名古屋ドームで流し打ちの本塁打を放ったのだから自分でも信じられないのは無理も無い。


 そしてしばらくは、何故ホームランを打てたのかという疑問を吟味する必要がありそうだと、ベンチに帰って仲間たちとハイタッチをしながら思っていたAKIRAだった。




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