143 若さ故の悩み
オールスター戦が終了したAKIRAは更に人々から称賛の目で見られるようになっていた。ホームラン競争は10本中10本をスタンドに叩き込んでぶっちぎりの1位を獲得し、更にオールスター戦は驚異の打率.871を記録し、ホームランを4本も打つというアーチストっぷりを披露していた。これらの活躍によりオールスターMVPを手に入れたAKIRAだったが、お立ち台に立っても表情は冷静なままだった。微笑みなどなく、むしろ何故自分が此処に立っているのか、それさえも分からない感じがあった。人々から称賛されて当たり前の活躍をしたにも関わらず、心は空っぽのままなのだ。それはやはり19歳という若い年齢でファンやメディアから求められる成績があまりにも高すぎるため、プレッシャーと圧力が心にのしかかってしまっているのだろうと自分でも分析していたのだが、本当の理由は自分でも分からない。ハッキリと言えば昨年よりも活躍出来てるに、満足感や達成感を感じられない自分がいる事に気が付いてしまった。どんなに圧倒的な成績を残したとしても、それは今年の成績に過ぎないし、また来年も頑張って好成績を残さなければならない。ファン達が求めているのは毎年のように好成績を残すAKIRAであり、普通の選手と求められる成績がまるで違っていた。人々はAKIRAの事を次世代のスーパースターだと口を揃えて言っているのだが、自分自身はスーパースターだとは感じていないので人々と自分の間に違和感が生じていた。AKIRAの感覚では、凡人がたまたま好成績を残しているだけで、この好調な成績は決して続かないというのがAKIRAの見解だった。しかし、そんな事をファンの人達に言ってしまえば笑って誤魔化されるのが落ちだと分かっているので、敢えてそれは言わなかった。
そして、スランプの足音が着実に近づいているのをAKIRAは感じていた。いつもと同じように過ごしているのだが、少し精神の調子がおかしいと感じる部分があり、御飯を食べる量も少しかもしれないが確実に減っていた。中学時代から体重を維持してきたAKIRAにとって、食べる量が少なくなるのは体重のバランスを保てる要因となるので悪くは無いが、やはり元気にモリモリと食べていた最近の自分を知っているだけに違和感を感じられすにはいられない。しかも、自分の精神状態に疑問を抱いている理由する分からないので、どう対処していいのかが分からないのが恐ろしい部分だ。AKIRAは日常生活に飽きを感じないように常に変化を体と心に刻む性質を持っているのだが、最近になって野球は同じ事の繰り返しじゃないかと思う様になってから、どうも満足感を得られる機会が少なくなっているように思えて仕方がない。本来、彼は満足感など微塵も知らない人物なのだが、それでもバントヒットを成功した時だけは満足感に似た何かを感じられる瞬間だった。ところが、監督に中軸を任されるようになってからバントヒットの機会が激減してしまい、苦悩を感じる日々が増えてしまっていた。
この事から、AKIRAは監督を食事に誘ってありったけの事実を話してみた。自分はバントヒットや内野安打を放った時が一番、人間として生きている感覚がするのだと。しかし、監督から返ってきた言葉は「3番で試してみよう」という一言だった。確かに3番打者と4番打者を比較すれば求められる長打力は違ってくるかもしれないが、自分の適性打順はあくまでも1番バッターだというのを今年は特に思わされるようになっていたので落胆している自分がそこにはいた。日本は4番打者が最強だと根強く信じられているため、自分から打順を降格してくださいと願うのはAKIRAぐらいだろう。それぐらい、心が追いこまれているという証拠なのだろう。だがやはり昨年のように1番打者での起用もして欲しいと願っているだけに3番打者での起用が多くなっても、この名の知れない心の気持ちが治るようには、とてもじゃないが思えなかった。
なんせ、AKIRAという野球選手は変化を感じる度に心と体が漲るような感覚がしていた。定食屋では毎日違うメニューを食べて、店員から新作メニューを勧められると喜んでそれを注文して食べる。なぜならば、このように変化を体に刻んでいくとまだ見ぬ世界が心の中に広がっていくような感覚が全身を奮い立たせ、自分が進化しているような気分になれる。だからこそ、AKIRAは4番打者に固定されている事に違和感を感じて、心が不調を訴えているのかもしれない。だが本当にそうなのかは自分自身でも分からないので、常に思考をフル回転させないといつまでも疑問を感じたままになってしまうので、なるべくそれは避けたいと思っていた。いくら疑問が大切だからと言っても、いつまでもそれを感じていれば確実に精神を蝕んでいく原因となってしまうので、古い疑問は捨てて新しい疑問を頭の中に浮かべるのが最善の策だろうが、最近のAKIRAは同じ疑問をいつまでも吟味しているようで納得が出来ていない。成績は野手の中では誰よりも優れているにも関わらず、精神状態は不調だという疑問がここ最近では1ヶ月近くも続いているのがAKIRAにとってはストレスを増やす原因となっているのは言うまでもない。なんとかして、この疑問を解決するために1番打者としての起用を望んでいたのだが、どうやらそれも叶いそうにないらしいと監督と話し合って理解した。それならば3番打者として起用された上で、この疑問が晴れるように願う事しかAKIRAに出来なかった。
こうしてAKIRAは後半戦、3番打者として暫くは起用が続きそうである。




