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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
135/426

135  状況に応じて表情を使い分ける


 AKIRAは常に1人で闘ってきた。それは勿論文字通りの意味である。中学2年生の時、陸上の世界大会に出場が決まった彼は、14歳にして日本のスター選手としてマスコミやファンの人達に注目されていた。彼もまだ当時は14歳の若造だったので意識がどうとか陸上哲学がどうとか、そういう難しい考えは出来ず、ただ一生懸命に走っていただけだ。緊張感がどれだけ人を高みに持っていく事が出来るか、それを知らないでひたすら世界のプレッシャーと死闘を繰り広げていた。しかし、中学生の時と今のプロ野球選手としてのAKIRAが共通して感じている感情が1つあった。それは他人と比べられるよりも、褒められたときの方がプレッシャーを感じるという点だ。100メートル走で日本人最速となる9秒56のタイムを達成した時も、世界陸上に選出された時も、AKIRAは常に他人から褒められていた。それも尋常じゃない数の人から祝福の声が飛び交い、若き日の渡辺明は相当なプレッシャーを抱えていたのは言うまでもない。世界陸上の時はそのプレッシャーと闘っていた印象しか覚えていないので、近くにいる名高い陸上選手達の事などほとんど記憶に残っていなかった。誰もが羨む世界のスーパースターと最接近していたにも関わらず、彼らを敵としては認識出来なかった。というよりも存在すら認知不可能な状況にまで追い込まれていたのだ。世界陸上という舞台で、今まで感じた事の無い精神的ストレスを掛けたおかげでAKIRAの中にとある感情が芽生えていた。それは『敵は自分の中にいる』という事だった。決勝戦でスタートを切った時にも周りの選手など見えておらず、一直線に向かった走り続けていた。その結果、銅メダル獲得という快挙を達成したのだが渡辺明の満足感は満たされなかった。最期までプレッシャーに弱い自分と闘っていたからメダルどころの騒ぎではない。ようやくその苦悩から解放されても、それは一瞬の出来事に過ぎない事も若き日の渡辺明は薄々感じていた。


 そしてプロ野球選手になったAKIRAは今も尚、プレッシャーと闘っている。ファンの人達は自分が思っている以上にAKIRAという選手を分析している。1番バッターとして打席に立てば200本安打を達成可能だとか、4番打者で起用し続けると200本安打は達成不可能だとかどうでもいい計算式を提示してファンレターで送りつけてくるような頭でっかちのファンも実際にいるのだから困ってしまう。AKIRA自身は自分の記録などまるで意識していないにも関わらず、ファンの人達はAKIRAに記録を達成してもらいたいと過度な期待をかけてくるのだ。これでは逆にAKIRAをプレッシャーにかけているのは言うまでもない。なぜならば彼は細かい計算式では測れない選手だからだ。全身から放出されているスター性は日本中のファンを魅了し、試合でのパフォーマンスは誰よりも軽快で巧みだ。まさに観客のために野球をしているので自分の記録などまるで興味を持たなかった。しかし、観客は以外にも自分の記録に感心を抱いているようなので、若干だがシーズンが終わって自分の記録はどうなっているのか、気になり始めていた。しかし、それが苦悩のシーズンを引き起こすフラグになっていたのは観客も、AKIRA自身さえも気づかなかった。



 ****************


 8番バッターの玉井が空振り三振に終わり、ツーアウト三塁の状態で山室に打席が回ってきた。そしてネクストバッターズサークルから一歩づつ踏み出していき、左のバッターボックスに入った。顔つきはとても引き締まっていて、プロ野球選手らしく凛々しい表情を浮かべているではないか。これにはベンチで見ているAKIRAも納得した表情を浮かべる。


「野球選手はプレー中に笑顔を見せてはいけない。それは観客に嘘をついている事と同じだからな」


 AKIRAは自分流の野球哲学を胸に秘めていた。本当は打席に立つだけでもプレッシャーがかかって辛い筈にも関わらず、自分に嘘をついてまでファンの人達に笑顔を見せるのは有りえないというのだ。このようにAKIRAは高い意識を抱いていて野球をしているからこそ、女性ファンの人達から理想の夫という称号を得ていた。このようにAKIRAは精神力をプレーの源にしているからして、細かい計算式では決して測れない選手なのだ。自分のメンタルによってプレーの幅を変えられるのは現状でもAKIRAぐらいしかいないだろう。『今日は全打席内野安打狙いでいこう』とか『全打席ホームランを狙おう』とかその他でも色々な戦術を立てて、実行していく。実際に全打席で内野安打を放ち、ファンから祝福を受けた事もあるので有言実行の男なのだ。彼が内野安打に拘りを抱く理由の1つとして、陸上選手の時の自分を好きでいてくれたファンの人達のためという気持ちがあった。足を生かしたヒットにすれば、昔の自分を思い出してくれてファンの人達はホームランを打った時以上に喜んでくれるのを知っているからこそ、彼は内野安打を打つ技術を極限にまで高めている。現に一塁到達まで3.0秒というとえつもない数値を叩きだした程だから、技術的な意味ではかなり高くなっているのだ。


「AKIRAさんの言う通りッス。白い歯を向けていいのはファンと直接交流している時だけですからね!」


 どうやら玉井も同じ意見のようで、首を縦に振って納得していた。と言っても、彼の場合はスーパースターの一言に同意しているだけなので本心からそう思っているのかは定かでは無いが。


「ああ、勿論そうだ。ファンと直接交流している時は笑顔を見せなきゃいけない」


 それもまたAKIRAのプロ意識の高さから生まれる発言だった。ファンと交流しているのにブスッとしていれば、ファンに対して失礼極まりないからだ。それに笑っていないというのはファンの人達と交流して楽しくないという証になるので、野球選手として活躍する以上は、笑顔を見せる事に関しては細心の注意が必要なのだ。状況に応じて表情を使い分けるだけで、人はプロフェッショナルになれると言っても過言ではない。



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