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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
131/426

131  足を生かしたプレー


 長距離砲としての素質だけがAKIRAの特徴とばかりにスポーツ番組で報道されているが、実はAKIRAが最も得意としているのはホームランでもテキサスヒットでも無く、相手に意表を突くバントである。身長が2メートルを超えているその巨体故に高校時代から「あいつはパワーヒッターだ」として恐れられていたが、当時の彼はまだホームランを打つ技術など無かったのでただ足が速くて肩が異様に強い選手だった。しかし、その誰もが錯覚する点に注目した当時の監督がマンツーマンでAKIRAにバントの基礎を徹底的に教えて、暫くはバントの練習ばかりしていた。だからこそ、今のAKIRAが存在していると言っても過言ではない。それを裏付けるように去年のバントヒットの数は両リーグで数えても堂々たる1位だったのだから、やはり人間の心理を突くというのは野球をする上で必須なのだろう。しかも両リーグの俊足単打マンを押さえての1位だったのだからパワーヒッターだろうとなかろうと、バントヒットは非常に優秀な手段である事をハッキリと意味している。特にAKIRAのようにホームランを広角に打てて、なおかつ足も速くて内野安打の可能性もあるバッターには極端なシフトは中々難しい。だが、相手も何かしないという思いがあるのだろうか、稀に俊足を警戒したシフトになっていたり引っ張り打ちを警戒するシフトになる。AKIRAはそこを突いてホームランなりバントヒットなりを放つのだからその状況判断能力には恐れ入る。


 AKIRAの特徴的な数字として、単打の約6割が内野安打というとてつもない成績がある。無論、バントヒットも含めての数字なのでAKIRAがどれだけ足の速い選手かがお分かり頂けただろう。バントヒットでの1塁到達時間は3.0秒なので両リーグのどの選手よりも一塁到達時間が速いのが内野安打が増える理由となっている。本来なら打ち取られた筈なのに足を生かしてヒットにするというのは相手投手にとっても相当なストレスになるのは間違いないだろう。実際にAKIRAも投手としてプレーをしている時は俊足左バッターを特に毛嫌いしていた。彼らの足があればたとえ内野ゴロに打ち取ったとしても内野安打になる可能性があるので冷や冷やするのだ。ホームランの心配は皆無だとしても、やはり足の速い選手は十分に脅威となりえる。


 そしてAKIRAが4割という高打率を維持しているのは足の速さと長打力、どちらを優先して防いでいけばいいのかを相手側が混乱してよく分かっていないからだ。その事を知っているが故に彼は「今年中にスランプは訪れる」と前もって予言していた。仮にも相手はプロなので必ず自分の癖を見抜いてくるだろうと考えていたのだ。しかし、これはあくまでも予想に過ぎないのでもしかすると杞憂に終わるかもしれない。それはそれでいいのだが、やはり目の前に壁が現れないと少し物足りないなと思うばかりであった。



 **************



 初球だった。160キロを超える弾丸に上手くタイミングを合わせてバントをして一塁線上に転がそうとした。するとボールは勢いよくその場を跳ねてワンバウンドし、ピッチャーの速水が慌ててボールを捕球していた頃にはもうAKIRAは一塁に到達していた。こうなると投げる場所は本塁しかない。なにせ野球は如何に点を取られないように試行錯誤するスポーツなのだからこの場合は本塁に投げるのが一番有効だろう。そう思って本塁をパッとみた速水であったが、これまた三塁走者の知念がホームに帰還していて結局オールセーフとなり、AKIRAは見事にセーフティバントを成功させた。


「なんちゅう速さだー!」


「すげえぜ、AKIRA!」


 一塁ベース上に立っていると、スタンドから響き渡る観客の声援が耳に入ってくる。この声を聞くと観客は以外にもAKIRAの足の速さにも注目していたのだなと以外な発想を余儀なくされた。なんせどのスポーツ番組や雑誌でも注目されるのは握力100キロ越えの怪力ばかりであり、足の速さは滅多に評価されないからお客さんはパワーで相手投手をねじ伏せるホームランを見たがっているのだと勝手に錯覚していた。しかし、事実は違っていたのだ。このように足を生かしたプレーを連発しているとお客さんは必ず見てくれるのだという事実に気がついた。こうなれば次に起こす行動は一つである。そう、盗塁だ。次の塁を狙って、投手の隙をついて次の塁まで走るという行為。成功すれば次の塁に無条件で進めるが、失敗すればアウトになってしまうというデメリットが存在するからそう簡単に挑戦する訳にはいかない。特に足の遅い選手が狙って盗塁するのは愚の骨頂である。だが、AKIRAのように凄まじく足の速い選手は敵チームから異様にマークされて盗塁を警戒されるのだ。


 しかし。


 徹底的に牽制球を投げられて盗塁を警戒されたにも関わらず、AKIRAはスタートを切って次の塁に駆け抜けた。これは勿論見てくれる観客の期待に応えるためであり、その期待に応えるためにはどんなに警戒されていたとしても次の塁を狙うという積極性が必要だった。


 そして案の定、ウエストされてボールを外された。キャッチャーがニヤリと笑っているのが想像しているだけでも分かる。恐らくキャッチャーの心理は「バカが、のこのこ走りやがって」という上から目線の心理だろう。だがAKIRAはファンのためにもそんな考え方に屈する訳にはいかず、がむしゃらに走った。すると相手捕手からの返球とほぼ同じタイミングで二塁ベースに到着する事に成功した。足元を見ると遊撃手のグローブよりもAKIRAの足が先に二塁へ到達しているのが容易に分かった。


「セーフ!」


 これには審判も納得の表情で両腕を横に伸ばしていたのだった。



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