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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
130/426

130  すべてはお客さんのために


 AKIRAは野球選手として自分はどうあるべきなのかを自問自答してきた。普通の選手生活を過ごすだけでお客さんは満足してくれるのだろうか、ただ普通にホームランを打つだけで果たしてお客さんは満足するのか、という常に観客の視点になって物事を考えるのがAKIRAの特徴だ。彼の心底にあるのは『自分の給料はお客さんが出してくれる』という客商売の基本があるので、とにかく期待を裏切らないようにプレーを続けなければいけないという考えの元、絶え間ない努力を続けてきた。実際、お客さんはプレーを見ているのではなくプレイヤーの動きを見に来ていると言っても過言では無い。それなのに他の選手と同じような事をしていてもお客さんは特別喜んではくれないのだ。せっかく野球選手という誰もが憧れる就職先に勤めているのだがら、少しでも皆を喜ばせるプレーをしたいと願うAKIRAだった。


 そういう意味では、AKIRAの考え方は他の野球選手とは違っている。自分のためでもチームのためでもなく、全て観客のために野球をしているのだからこういう野球選手は滅多にいない。AKIRAは観客のために野球をする事で結果的に自分のためにもチームのためにもなるのだという独自の考え方を持っているので、観客を喜ばせるという前提で話しをすすめられる。だから監督の出しているサインには暫く納得が出来なかったのだ。


 ノーアウト一三塁のチャンスだと言うのに4番のAKIRAがセーフティバント。メジャーリーグでは当たり前の光景かもしれないが、ここはアメリカではなく日本だ。観客もベースボールを見に来ているのではなく、野球を見に来ているのだ。特に日本の4番打者はファンにとっても特別な存在なのだから本当はガンガン打たせるべきだ。その結果凡退に終わろうが打席で勝負した事が重要なのだから責任は問われない。しかし、セーフティーバントを実行するとホームランという魅力が無くなる。4番が長打を捨てて単打狙いに切り替えるのは状況を見て自分で判断すべきだ。チームキャプテンの次に影響力のある4番打者が自分で考えるという行為を失くしてしまえば終わりである。本来ならばこの場面はAKIRAに任せるべきなのだが、あろうことか監督はセーフティバントのサインを出してしまった。恐らく、「最近監督しての仕事をしてないな」と余計な気遣いをしてしまったのだろう。監督とはチームの要なのでドッシリと構えて本当に必要な時にだけ動けばいいのにも関わらず、あの覆面監督は我慢出来ずにサインを出してしまった。


 別に監督を責めているという訳ではないが、ここはお客さんの盛り上がりを見ているとフルスイングの真っ向勝負をするべきだ。こんな事、野球を知らないド素人だって分かる筈だとAKIRAは内心不思議でたまらなかった。もしも普通の日本人監督ならば迷わずにAKIRAを4番打者としてのプレーのに期待するだろう。だからこそ納得がいかなかったのだが、上司の命令に背くのは社会人として失格だと感じたAKIRAは監督の指示通りに動くことにした。腑に落ちないがとにかくやるしかない。



 ****************



「今、なんて言った?」


 AKIRAの独り言に反応した相手キャッチャーが尋ねてきた。AKIRAは誰もが知っているスーパースターになっているからこそ、その一言一言に注目される。特に彼は人が普段口にしないような深層心理の言葉を発するのだから敵キャッチャーもAKIRAの言葉には注目せざる終えないのだろう。


「俺達野球選手は、遠路はるばる球場に来てくれるお客さんを喜ばせる事を生業としていると言ったのさ」


 するとAKIRAは打席でルーティンを行った後、いつものように独特の動きを見せてオープンスタンスで足を構えた。高卒一年目の去年はスクエアスタンスという基本的な構えをしていたのだが、後半戦になってオープンスタンスに切り替えた。この構えを取り入れた事によって、足をホームベースから遠ざけ、投球がハッキリと見れるようになったのだ。無論、野球選手にとって足の位置を変えるというのは度胸のいる行為なので簡単にはいかなかったが、石井先輩の教えの元、なんとかノーステップ打法を習得したという訳だ。



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