013 ママのスナック
AKIRAと山室は石井に連れられて例のスナックに足を運んでいた。そこはニューハーフのショウコママが運営しているお店だった。このショウコママ、実は阪海地方のニューハーフを牛耳っている大物で、彼女に弟子入り志願をするオネエ達は後をたたない。やはり有名人の周りには、それなりの有名人が集まってくるものだ。
このスナックは酒がメインだが、皆様もご存じの通り、AKIRAはまだ18歳のため酒は飲めない。だから、酒の代わりにブラックコーヒーを頼むのだった。石井と山室が美味しそうにカクテルを飲んでいる横で。
「AKIRAちゃんは未成年だから飲んじゃ駄目でちゅよ」
石井が唇を限界まで尖らせて、そう言ってきた。
「おいおい石井先輩、もう酔ってるのか」
AKIRAは呆れた顔で尋ねた。
「なんの。まだまだこれからよ」
石井はそうだと言っていた。まだまだこれからなのだと。
「まだまだって、これで二件目だぞ?」
そう、いつもの焼肉屋に行った後、帰りに三人で寄ったのだ。
「うおっほん。今日はプロ初ヒットを放った山室君に大先輩が奢っちゃうぜ! ついでにAKIRA君にも奢ってやるからいくらでも飲んでくれ」
しかし、焼肉屋とは違うので、AKIRAはそう簡単に喜べないでいた。夜更かしと試合の疲労もあって、表情が暗い。これは仕方のないことだった。人間やその他の動物は疲れには決して勝てない。勝てるのは感情の無いロボットだけである。
「しかし、俺はもう眠いぞ」
「いくらアットホームだからって寝たりするなよ」
石井はガハハと笑いながらAKIRAの後頭部を強打してきた。AKIRAが「いてえ」と後頭部を触りながら嘆いていると、石井はまたもやガハハと笑っているのだった。
「ママ、アタリメくれないか?」
山室は手を挙げてアタリメを要求した。すると、ママは「ちょっと待ってね」というと、ものの三十秒でアタリメを用意した。皿の上には10本程度のイカが乗っていた。
「山室君分かってるね。酒には結局コレが一番なんだよ。俺にもアタリメをくれ。後、AKIRAの分も頼む」
ママはAKIRAと石井のアタリメを用意して、二人に渡した。
「おお、俺もアタリメは好きだぞ」
「酒が無くても十分美味しいからな」
三人はモグモグとアタリメを食べ始めた。イカの香ばしい味が口の中に広がり、噛めば噛むほど旨味の成分が放出される。こんなに素晴らしいオヤツは他に無いと、AKIRAは感じていた。
「ここにきてアタリメと出会えるとは思っていなかったぞ」
AKIRAは満足そうな表情を見せていた。
「まだまだこれからよ。つまみはたくさんあるぜ」
石井は常連だからこそ、スナックのメニューを知っているようだ。
「確かに、アタリメだけでは物足りません。もっと頼んでいいですか?」
山室は、石井に尋ねていた。
「おうよ。今宵の主役は山室君だからな。君が頼んだものを我々も頂こう」
「俺もそうしよう。いちいち注文するのは億劫だ」
AKIRAも、山室が頼んだ物に任せると言っていた。
「シーフードピザだ。シーフードピザをください」
「分かったわ。三人分ね」
少々待つと、目の前に三人分のピザが出てきた。シーフードという事もあり、エビやらタコやらの魚介の具材がたんまりと盛られていた。これだけ入っているのなら、値段は結構するだろう。
「ああ、生地の匂いがたまらんな」
これには、グロッキー状態だったAKIRAもすっかり元気を取り戻していた。やはり、疲れている時は美味しい物を食べて回復するのが一番だ。そう思ったAKIRAは自身の分のピザをナイフで切って、真ん中ぐらいをフォークで突き刺して、口の中に押し込んだ。すると、魚介特有のコリコリとした触感と、ピザのチーズの伸びが絶妙にマッチしていた。これには他の二人も満足しているようで、貪るようにして食べている。特に石井は48歳という高齢でありながら、いまだにピザを食べれるようだ。それを見て、素直に関心するAKIRAだった。
「ママ、超美味い!!」
石井のハイテンションっぷりは止まらない。ハッキリ言って、今日の主役より輝いているのだ。
「ありがとう。そんなに褒められると、モチベ上がるわぁあ!」
ママも嬉しそうだ。
「いやいや、こんなに気分が良くなると酒も進むな」
「やっぱりピザには赤ワインですね。白もいいですが、僕は赤の方が好きです」
「俺はいつだって日本酒だぜい」
石井はどんな時でも日本酒を飲むと言っていた。
「酒は料理によって、合う合わないがあるのか?」
ここでは、18歳のお子ちゃまにしか過ぎないAKIRAは大人の先輩たちに聞いた。
「当たり前だ。石井先輩はなんでも日本酒を飲むと言ってるが、日本酒とチョコレートはやめとけよ。日本酒の甘味とチョコレートの甘味が相殺してしまう」
「分かった。気を付けておこう」
AKIRAは酒が飲める来年まで、楽しみだな思った。
「あら、日本酒が好きなら、おしんこうは如何かしら?」
おしんこうとは漬物の事である。スナックでは大体漬物の事をおしんこうと呼んでいる店舗が多い。
「おしんこうか。お前達はどうだ?」
「僕も食べます」
「よし。俺も食べるぞ」
「ママ、三人分お願い!」
「分かったわ」
すると、三人の前に出てきたのは浅漬けだった。
「おお、浅漬けか!」
「かぶを一晩寝かせたのよ。だから、茎も食べれるわ」
「いただきまーす!」
AKIRA達は美味しそうに浅漬けを頬張っている。シャキシャキとした触感がたまらないのだ。
「かぶには整腸作用があるわ。疲れた腸を休めてちょうだい」
「お、駄洒落か!」
石井はハイテンションをひたすらにキープしていた。それは、とても48歳には思えないハイテンションぶりだったのだ。




