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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
129/426

129  意見の食い違い


 ホームランとは野球の華だ。放物線を描いてライト方向なりバックスクリーンなりレフト方向なりにスタンドインすればどんな打者だろうがたちまち心の底から喜びを感じる。表情には出さないが、誰しもホームランを打つと飛び上がるような衝動に駆られる。中学高校時代にはホームランを打って純粋に喜んでいたのに、大人になって喜ばなくなったというのは有りえない。むしろ子供の時より嬉しいかもしれない。それぐらい強烈的な満足感を得られるのだ。本塁打という三文字には。何故、ここまで嬉しくなるのかと言えば、もちろん打つことが極端に難しいからだ。この低反発球時代では年間に160本近く安打を打つ選手でも良くて20本や30本を打てばれば御の字だろう。しかも160本の安打を打つためには7割近くの失敗がある。そんな失敗続きのスポーツの中で特大の当たりを放てば爽快感を感じて当たり前だ。プロ野球は楽しくないとよく言われているが、少なくともホームランを打った瞬間は誰しも楽しいと感じているのだ。これはホームランアーチストと名高いAKIRAでさえもそうだ。彼は普段クールなペルソナを被って試合に出場しているが、いざ160メートルの特大ホームランを放てば、そのペルソナが吹き飛びそうになるぐらいの爽快感と達成感を感じて笑みが零れそうになる。だが、AKIRAもプロ野球選手の端くれなので何とか笑顔を押さえてダイヤモンドを一周する。それは一喜一憂が許されるのは学生までであり、プロの世界に入ればそんな余裕は無いという独自の考え方を持っているからだ。実生活のAKIRAは笑顔の絶えない茶目っ気のある好青年でだという事は言うまでも無い。


 そんなAKIRAでさえも、年間に打つホームランは40本程度に過ぎない。安打のほとんどは足を生かしたツーベースヒットや内野安打である。AKIRAはその延長線上でたまたま特大のホームランを打つというだけであって、本来の彼は俊足単打ヒッターだ。それにホームランを打つという技術がおまけとして付いているのだった。ホームランを打つために必須条件はまさしく下半身の強さにある。AKIRAは17歳で阪海に入団した時には既に下半身が出来上がっていて、それはプロの選手が度胆を抜く程の出来上がりっぷりだった。そして彼は強烈な腰の回転をバットに伝えて140メートルから170メートルまでの超特大のホームランを連発して、去年は40本以上のホームランを放った。低反発球で40本のホームランを打つ高卒選手はプロ野球史上初めてであり、マスコミやファン達は彼を注目するようになったという訳だ。


 無論、腰の強さだけでホームランを放った訳では無い。他にも色々な要素を上手く使っていたのだが、その中でも特徴的なのはインパクト状態での押し込みだ。AKIRAはボールとバットが当たっている瞬間に最もスイングスピードが速くなり、そのスピードは名高いメジャーリーガーと比べても遜色の無いレベルにまで到達している。それでいて両手の握力は100を超えているのだからガンガン遠くに飛ばせるのだろう。


 そんなホームランアーチストである彼が交流戦が終わっても4割以上の高打率を残せている理由はホームランには特別拘っていないからだ。普通のパワーヒッターなら「ホームランこそが俺の武器だ!」と言って、とにかく遠くへ飛ばそうと躍起になってその結果打率を落とすという典型的なパターンに陥る。だが、AKIRAはホームランはあくまでヒットの延長線上にあると考えているのでホームランを狙おうとして打った事は野球生涯の中で一度たりともない。あくまでもヒットを増やそうとしてホームランが頻発するからこそ、4割という高打率を維持出来ていた。やはり野球というスポーツは野球哲学を持っているかいないかで、成績がまったく違ってくるのだ。もしもAKIRAに哲学が無ければ、今頃は打率.258という平均的なパワーヒッターとしてそこそこの成績になっていただろう。それぐらい考え方とは野球という概念を変えてしまう威力を持っているのだ。



 ********************



 1回表、ノーアウト一三塁のチャンスでAKIRAに打席が回ってきた。打席とマウンドにいる両者は共に高校野球決勝戦を戦ったライバルであるので、球場は予想以上の大歓声に包まれている。こういう雰囲気になるとお客さんを主体として考えているAKIRAはどうしても真っ向勝負を挑みたくなる。だが、いくらお客さん重視に物事を考えていたとしても上司の命令には従わないといけない場合もある。この時、ベンチからは『セーフティスクイズをしろ』という指示が飛んでいたのでAKIRAは悶絶しそうになりながらも何とか冷静に物事を考えようとしていた。お客さんを喜ばせる事を第一に考えているAKIRAと、どんな手段を使っても試合に勝とうとする監督の意見が食い違っているのだ。これでは自分に納得が出来なくなってストレスが溜まってしまう。だからといってサインを無視した形で打ちに行き、結果的に凡打にでもなってしまえば取り返しのつかない事態になってしまう。それこそ観客の期待を失いチームの亀裂を生じる結果につながりかねない。それらを天秤にかけた上で、AKIRAは監督の指示に従う事にした。それに相手の守備陣は長打を警戒して深めの守備シフトになっているため、セーフになる確率はかなり高くなっている。向こうもAKIRAの性格なら本気勝負を挑んでくると思って、そういうシフトを組んでいるのだろう。その読みは当たっていて、ベンチから指示が無ければAKIRAも真っ向勝負を躊躇なくしようと考えていた。


「俺は観客の期待に応えられるだろうか」


 AKIRAはベンチからの指示を見ながら、ボソッと呟いた。あまりにも意味深な発言に相手捕手は驚いただろうがそれでも守備シフトは変わらなかった。観客の声援にプレッシャーがかかって出た一言だと思い込んだのだろう。




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