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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
128/426

128  無限のエナジー


 松本という男は長い間、未完の長距離砲として二軍と一軍を行きかっていた男だ。捕手なのに長打力があるというバッターは今時珍しいので最初の一年目は重宝して使われていたのだが、段々と成績が落ち込むにつれて二軍に幽閉されるようになった。しかし中途半端に実績があるのでたびたび一軍に出場するのだが、まったく結果が残せなくて二軍に落とされるというのが毎年のようにあった。結局それが十年も続いてようやく松本は去年長距離打者としての片鱗を見せるようになる。それはAKIRAが掛けた一言が原因だった。「松本先輩、もう少しベースから離れて打ったらどうだ」なんとこの一言で松本は足りないピースを揃えてしまい、去年はシーズンにフル出場して20本もホームランを打っていた。万年二軍の帝王だった彼がたった一言で一軍に定着できるようになるのだからやはり野球は面白い。嫌、それよりもたった一言で二軍の帝王を一軍に定着させるAKIRAのカリスマ力が恐ろしいのか。


 それからなんやかんやあり、今年の松本はファーストにコンバートされていた。元々彼はキャッチャーとしての捕球技術やリード力はそこまで優れておらず、それでいてチームが優秀なファースト不足という事もあって本格的にファーストになった。本当は守備が下手な選手はレフトに置くという風習はあるのだが、外野は膝に負担がかかるので捕手として10年以上現役だった松本には無理難題である。そもそも捕手の重たいプロテクターをつけて144試合も座り続けて入れば当たり前だが、徐々に膝は脆くなって足も遅くなっていく。松本もそれは例外ではなく、既に外野の守備に就くだけの余裕は無かった。それにレフトには更に守備力の低い悪魔の申し子、神野光太郎がふんぞり返っているのでとてもじゃないが外野に余裕はない。それこそセンターとライトには守備の神様がいるのでお話しにするらならない。だから松本は消去法でファーストにコンバートされたという訳だ。しかし、そんなファーストでもかなりの捕球技術は求められる。まずボールを受ける回数は捕手に次いで二番目に多いのでボールを逸らすのは御法度とされている。これは他のポジションでもそうだが、特にファーストがボールをこぼしてしまえば試合にならないので以外と守備力は必要になってくる。それこそ内野は外野よりも守備機会は多いので圧倒的に捕球技術は求められていく。


 だからといって外野が簡単だと言われるのは見当違いだ。世間では外野の守備を『お手軽』と言ってバカにする輩がいるが、それはたんなる負け押しみに過ぎないのでそんな奴の言葉には耳を傾けない方がいい。あくまでも内野より守備機会が少ないから手軽だと思われがちなだけあって、求められる守備は内野と遜色ないのだ。だがやはり全ての守備位置の中で一番難しいと言われるのは遊撃手だろう。メジャーリーグでは花形のポジションと言われるほどであり、遊撃手には偉大な選手が数多くいる。鬼崎喜三郎もメジャーでは何度も遊撃手でゴールドグラブ賞を獲得し、その驚異的な守備範囲と唸るような送球で全米を沸かせた英雄だ。今でこそ守備は劣化してDHの起用がほとんどとなっているが、監督から指示があればきっと遊撃手の守備に就くだろう。彼はそういう男なのだ。



 **************



 鳴りやまぬ声援がAKIRAの全身を痺れさせていた。目の前で松本がセンター前ヒットを放ち、これでランナー一塁、三塁のチャンス。ここで四番のAKIRAがコールされたのだから場内が最高潮になるのも無理はない。恐らく、現役打者で最高の広角打者で、ホームランの平均飛距離142メートルという圧倒的なパワーを持つ19歳の打者。観客が興奮してしまうのも無理はないだろう。かつての野球界にはAKIRAのように打撃力の高い若手選手は数多くいた。だが、これほどまでに両軍の声援と期待をかけられる若手選手はいなかっただろう。それだけ規格外の存在なのだ。彼は。


「4番センターAKIRA」


 203センチの巨体を揺らして、AKIRAは左のバッターボックスに入った。互いに高校野球の決勝戦を戦ったライバルだけあって球場のボルテージは最高潮にまで達している。恐らく視聴率だってエライ事になっているだろう。二人の若手スターがプロの世界で戦うのだから視聴者もあの日の記憶と見比べて応援してくれる。あの人とは勿論、延長線、ツーアウト満塁のサヨナラのチャンスでAKIRAに回ってきた時の事だ。あの時の記憶は日本中の人々の記憶に刻まれた瞬間だろう。恐らく、速水と対戦する瞬間は、あの時を思い出される。それが別に悪いという訳ではないが、やはり成長した自分の姿を見てもらいたいと思うのがAKIRAの本音だった。


「凄い声援だな。さすがは平成を代表するバッターとピッチャーだ」


 審判の男がそう言って話しかけてきた。彼はAKIRAと遜色の無い身長をしていて恐らく190センチはあるだろう。胸板もあるのでハンドボールを体験していたのかもしれない。だが重要なのは試合途中に話しかけられたという事だ。試合中に話しかけられるなど滅多に無かったのでAKIRAは内心驚きながらも、次の瞬間には微笑んでこう言い返した。


「俺達野球選手はお客さんを喜ばせるのが仕事だ。素直に嬉しいよ」


 だと言うのだった。




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