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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
127/426

127  オンとオフの切り替え


 AKIRAという選手が生み出す観客動員数は凄まじい領域に達している。彼一人が阪海ワイルドダックスの人気を独占している状態であり、グッズやユニフォームの売り上げは単独一位である。性格の良さとキレのある発言が話題性を読んで、オフシーズンには数多くの野球番組やバラエティー番組に引っ張りだこになった程だ。そんなお茶目でユーモア性の高いAKIRAだが、いざ試合になるとまるで別人のように性格が豹変する。体全体に緊張感を漂わせ気軽に他者を寄せ付けない程の集中力を全身から放出させるのだ。何故、彼は普段通りの性格で試合に臨まないのか。それは野球というスポーツは客商売であるという彼なりの考え方があるからだ。全てはお客さんを喜ばせるためにあり、そのため選手が自己中心的にハシャイで子供のように試合を楽しんで一喜一憂するのはありえないと考えていた。そもそも野球とは完璧と職人性を求められる仕事なのに、普段通りの自分では駄目だというのだ。ようするに普段のAKIRAはとてもじゃないが客商売には向いていない性格だと自負している。


 元々彼は昔ながらのスポコンタイプでとても熱血的な青年だ。口下手なのが原因でとにかく声を出してチームを鼓舞するような彼が、普段通りの自分で試合に臨めば必ずボロが出るというのは初めから分かりきっている。元々完璧とは程遠い性質を持っているのに野球に関しては完璧を求めてプレーをするという相反する性質を二つ兼ね備えているのがAKIRAの特徴だ。この二つを上手いように機能させるためには仕事とオフで性格を切り替えるという考えに至った。そんな簡単に性格を切り替えられるのかと言えば、意外にも簡単だ。理不尽な事が当たり前の接客業を体験している人間には分かると思うが、どんな物事にも柔軟に対応しようとする心構えがあれば、接客業として理想的な性格を作りだすのは不可能じゃない。むしろオフの自分と同じような性格で接客をしてしまえばお客さんの無理難題に頭が混乱してしまうだろう。だから人間はストレスをためないように仕事の性格とオフの性格、両方の性格を持っていれば人生上手くいくかもしれないとAKIRAは考えている。実際、休日のAKIRAはとても内気な性格で周りに人がいないと元気が出ずにしょんぼりとしてしまうようなネガティブタイプだ。本来ならば大きな声で話したいのだが、仲間がいないために声まで細くなってしまう。しかし、いざ仲間と会えばテンションは一気に最高潮にまで達して笑顔の絶えない真面目な青年になる。だが根本的なメンタル部分は変わらないので些細な一言にも傷つきやすくなるのが特徴的だ。一方、試合中のAKIRAというと彼本来が持っている潜在的な能力がいかんなく発揮され、どんな物事にも対応できる無敵の精神力を誇る。阪海ファンの大声援を一言でかき消すようなハリのある声を使って外野の守備をこなし、打席ではまるで鬼神のような激しさでバットを振り、ヒットを打つとジャッカルのような俊敏さで次の塁を積極的に狙う。


 このようにオンとオフを切り替えて如何にストレスを溜めないようにするかが重要なのは言うまでもない。野球をする以上、ファンからの罵声が胸に響いてメンタルに悪影響を及ぼしてしまう。それだけではなく記者やニュースでの何気ない一言が選手を傷つけてしまう恐れだってあるのだ。もしそうなれば成績に大きく響いてしまい結果的に大惨事を招く危険性もおおいにある。前述でも触れたが、スポーツ選手は心技体の中でメンタルの部分が一番調子にかかわってくるのだから、ストレスを溜めないように日頃から努力しないと大変な事になる。それこそAKIRAのようにストレスに強い自分の性格をあらかじめ作っておくのがプロフェッショナルとしての第一歩だろう。誰だって嫌味や文句の一言を言われればムッとして精神的に傷ついてしまう。だが、それらの攻撃に耐えられるだけの性格を一時的に作ってしまえば後は楽である。



 ******************



 ネクストバッターズサークルで自分の出番を待つAKIRAはまさにスポーツ選手らしいルーティンの動作をしていた。ストレッチで全身のコリをほぐしたと思うと、バットを一直線に見ながら集中力を高める。他の人が見ると「打席に集中しようとしているんだな」と思われがちだが、それよりもAKIRAは普段の自分が出てこようとするのをルーティンで必死に抑え込もうとしている感覚だ。理性で本能を抑え込むという行為は野球選手にとっては必須だろう。もしもAKIRAのように本来打たれ弱い性格の持ち主が本能的にプレイしてしまえば、試合の声援に過剰反応して精神的にも参ってしまう。このように本能よりも理性の方が勝っているのは凡人である証拠だろう。


「ふう……!」


 思わず口から鋭い息が漏れる。それは刃のように研ぎ澄まされた息で、必要以上に体が緊張している状態から出てきたものだ。心臓の鼓動が高まり、尋常じゃない緊張感が全身を奮い立たせる。AKIRAはこの瞬間がたまらなく好きである。もしもスポーツ選手という道を選ばなければ、このような全身が刃となる感覚を味わえなかった筈だ。そういう意味では、自分を野球部にスカウトしてくれた監督には感謝しなければと思うAKIRAだった。



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