126 小さな目標をクリアしていく
AKIRAにとって野球とは仕事に過ぎない。という事は、いかに高い意識を持って臨むのかが重要になってくる。学生時代のようにがむしゃらにスタメン定着を目指して努力するだけでは決して活躍出来ない世界だ。まずプロ野球選手の目標がスタメン定着などというのはいけない。プロならば更に目標を細分化させるべきだ。例えば、毎試合2本以上のヒットを打とうという目標を立てたすると、次第に他の目標をクリアしていたりする。例えば先程のようにスタメン定着を目標に立てていたりすると、毎試合2本以上ヒットを打っていれば絶対にスタメンになれる。メジャーリーグでは守備が使い物にならなければどんなにヒットを打てようが干されるのだが、日本は違う。多少守備があれでも打てる技術を持っていれば必ずスタメンとして使ってくれる優しい世界だ。なので『毎試合2本以上ヒットを打つ』という小さな目標を掲げる事で、他の大きな目標さえも達成出来てしまうのだ。この目標というのは大きければ大きいほど良いという訳ではない。もしもAKIRAは『今年は200本安打』を達成するというドデカイ目標を掲げたとしよう。そうすればプレッシャーと己の計画性の無さに潰れてしまい、達成は絶対不可能と断言できる。あまりにも桁外れな目標を立ててしまうと仕事や勉強のリズムが狂うというのは誰しも体験した事はあるだろう。学生ならば5教科で全部100点を取るという目標を立てがちだが、それはあまりにも無謀過ぎる。真のプロフェッショナルならば『参考書の問題を完璧にこなす』という細分化された目に見える努力をしている。参考書には答えがついているので完璧に覚えて習得するというのは簡単な事だ。しかし、テストは何が問題として出るのか分からないので『100点を取る』という目標はあまりにも非現実過ぎて面白みが無い。100点を取るためには具体的に何をすればいいのかというのが大事なのであって、100点を取るという目標は何の意味も無いのだ。それが通用するのは小学生時代だけだと言っても過言では無い。中学、高校になるともっと高い意識を胸に秘めて勉学に励まないとそれこそ大変な事になるとAKIRAは身を以って知っている。何も彼だって学生時代から哲学者としての一面を持っていた訳では無いのだから色々な挫折と苦労をしてきた。どんなに頑張っても中間テストで良い結果が残せなかったり、授業でも睡魔に襲われてダウンしそうになって教師に怒られたなど日常茶飯事だった。今思えば、考え方次第では中間テストで良い成績を残すのも、授業で活躍するのも簡単だっただろう。それぐらいAKIRAの哲学は常人の域を超えてしまっている。彼の思想や哲学というのは人の潜在意識を呼び起こすような画期的な物ばかりであり、それと同時にスランプに陥りやすいという弱点もある。だが、彼はスランプの時こそ物事を深く考えられるのでポジティブに考えればスランプなど問題無いと言うのだ。無論、プロ野球選手は結果が給料の全てを決めるのでAKIRAの考え方は次元を超えている。なぜならばスランプという事は結果が出ていないという証なので本来ならば心の底から落ち込んでへたり込み、「俺なんてプロ失格のアマちゃん野郎だ」と愚痴をこぼしても何らおかしく無い筈だ。しかし、AKIRAは独自の考え方と思想を胸に秘めながら、スランプという壁を乗り越えようと努力をする。それは並の精神力の持ち主では消して真似できない芸当である事は言うまでも無い。AKIRAは野球を仕事として考える事で、ビジネスや接客業にも通ずるのを理解していたからこそ様々なエッセイの本に頼るのを可能にさせた。そこから色々な人々の考え方を吸収して、自分の思想を固めていったという訳だ。今の若い世代は、意識が高くて素晴らしい目標を掲げ、将来の活躍している自分に向かって努力をしている。無難という個性を殺しかねない価値観を完全に捨て去り、本当の自分を見つめ直すという行為が出来ているのだ。全く素晴らしい事である。
しかし、だからと言って誰しもが意識を高くするのは良くない。のほほんとした性格が性に合っているもいるので、自分に合った考え方と言葉の話し方が重要だ。本来の自分がのんびりしている性格というのであれば、その性格にあった考え方をすればいいし無理して意識を高くしようと意気込む必要性は全くない。自分本来の性格は何なのか自問自答してから、仕事や学業における哲学や意識を決めていけばいいだけの話しである。ようは社会で活躍したいのであれば自分なりの考え方が必要という訳だ。決して他人の意見などに惑わされず、強い自我を持って仕事を望むという行為。それが全ての壁をぶち破るために最初の一歩となるのだ。この1年間でAKIRAはそれを強く感じていた。決して他人の考え方で物事を考えずに自分の心の中から湧き上がってくる衝動に耳を傾けて、それに沿うような形で物事を考えるのが大切なのだと。しかしだからと言って、怒りの衝動に身を任せて物事を判断するのは思春期にスッパリと捨て去った方がいい。むしゃくしゃしたり、イライラしている時の自分は客観的に見ると非常に哀れな存在だ。怒りというのはどんな状態よりも物事を深く考えられないと言っても過言ではない。それこそ憂鬱になって布団の中にくるまっている状態よりも、事態は悪化している。もしも怒っている状態で何かを解決しようと言うのであれば真逆の行動をとればいい。それこそ笑顔を見せる事だ。心の内では怒り狂っていようが、とにかく満面の笑みを見せる事で少しは落ち着いてくるのだから笑って損は無い。それよりも怒った顔で怒鳴り散らす方が精神的にも肉体的にも疲労が溜まってしまう。そんな無駄な行為をするよりも満面の笑みを浮かべて気持ちを落ち着かせる方がいいに決まっているのだ。




