125 集中力の大切さ
AKIRAがここまでの精神力を維持できるのは学生時代からやっている事を続けているからだ。それこそ明日の準備である。学生時代は明日の予定表を見て「明日は体育があるから体操服を忘れないようにしよう」とか「音楽のテストにリコーダーがいるな」と鞄の中に必要な物を詰め込む行為だ。ならばプロ野球選手にとっての明日の準備とはなんなのか。それは相手先発の成績や投球ペースを確認する事だ。そして最終的には試合展開を頭の中で思い描きながらイメージトレーニングをする。昨日の時点で相手先発投手は速水大道であると分かっていたので、速水がどんな球を投げてくるのか想像しながら打席に立ったり、守備位置に就く。無論これらは想像に過ぎないのでどんどんと活躍させるべきだ。変に現実性を入れて凡打を重ねる自分を想像しても面白くない。こういう時は4打数4安打4ホーマーの自分を想像するに限る。そしてどうやったら4ホーマーも打てるのかと相手の投球を考えながら、構想を練る。これが夜寝る前に行っているAKIRA流の明日の準備だ。これをするのとしないのとでは精神面でハッキリと違ってくる。少なくとも準備をする事で時間的な余裕が出来てスムーズに野球に専念できる。もしも準備を怠れば、余裕の無い状態でプレーしないといけないのでそうなったら時間に追われるという最悪のケースに行きあたってしまう。人間、仕事の中で何が一番つらいかと言えばこの時間に追われるという感覚だ。やってもやっても仕事が終わらず、ただ時間が過ぎていくだけ。それでは上司に怒られたり後輩に疎まれたりするのは当然だ。野球では自分の成績が一番大切なので、時間に追われるという事はすなわちプレーでの失態を意味する。プロ野球選手なのに何でもない球をトンネルしたり落としてしまうのは守備が下手な訳ではない。準備をしていないから余裕が無くなり結果的に体が上手く動かないようになって、エラーをする。AKIRAは入団当初からレギュラーとして試合に臨み早くも2年目に突入するが、未だにエラーを記録していないのは明日の準備をこなしている事が理由としてあげられるだろう。
このようにプロ野球選手として意識が高い者は不必要なエラーを失くせる。どの職業でも同じだと思うが、特に野球選手は技術や体力よりも精神力によってプレーの幅が大きく広がる。逆に言えば精神力が欠けているとプレーの幅が極端に狭まるという訳だ。恐らく、神野光太朗という外野手がエラーを連発するのは日々の生活が荒れ果てているからだろう。一度、AKIRAは彼の部屋に行ったことがあるがロクに片づけもされておらずリビングに至っては漫画やゲームソフトが散乱しており、テーブルの上にはお菓子のカスが何個も置かれていた。これではプロとして失格だ。自分の部屋の状態が今の精神状態に繋がっていると言ったのが誰かはしらないが恐らくその通りだろう。その点で言えば、光太朗の精神状態はめちゃくちゃという訳である。それでは理想の自分に近づけないのは当たり前だ。豆知識だが、人間は片付いていない部屋を見ると集中力が切れてそれだけで疲れ果ててしまう。ようするに、朝から疲れた状態で野球をする羽目になる。それでは満足のいかないのも当然だ。もしも本当に野球選手として活躍したいのであれば家を清潔に保つのが欠かせない。AKIRAは未だに寮生活をしているが、先輩の部屋も自分の部屋も大掃除をしてピカピカに光っている。これは汚い部屋が知らず知らず自分の身体に疲労感を与えると知っているからだ。
このように野球選手として最高の力を発揮するための努力を欠かさないのがAKIRAという選手の特徴だ。決して野球の練習だけで満足せずに、日々の日常にも高い意識を持って過ごす。それが4割という高打率を維持している秘訣なのかもしれない。だがこの高打率が長く続かないことはAKIRA自身が良く知っている。必ずや相手チームはAKIRAの弱点を探し出して、そこを重点的に攻めてくるだろう。そうなった時にどうするかが本当の勝負だ。
「俺にも言えるが、好成績は決して長く続かない。速水は然るべき時に調子を崩して打たれこまれるだろう」
AKIRAはそう予想をしていた。自分もそうだが、速水の成績もやがて急降下していくというのだ。その理由はハッキリとは分からないが近年の野球データを閲覧していると誰にでも分かる事だ。どんなに偉大な選手でも弱点は存在し、そこをつけこまれて調子や成績を落とす。それはAKIRAだろうが速水だろうが例外ではないという事だ。
「お前も奴も、他チームからは無敵だと言われているのにか?」
「人間は無敵じゃない。その日の精神状態や体調によって微妙な変化をきたす弱い人間だ。特に俺のような凡人はな」
するとだ。AKIRAが言ったように、知念はヒットを放った。それも150キロ後半のカットボールを上手く左中間に弾き返し、知念は悠々と二塁に到達していた。ここでも彼の予想は当たったという訳だ。
「よし! 知念も続いたか」
石井がガッツポーズをしているところを見ながら、AKIRAはヘルメットを被りバットを持ってネクストバッターズサークルに向かった。そこでは特注の重いバットを軽く素振りしながら、いつものルーティンをこなす。屈伸や両手を伸ばして体のコリをほぐしたり、自分のバットを一点に見つめて集中力を上げるのがいつも彼がしているルーティンだった。




