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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
124/426

124  誰のために野球をするのか


 知念という男は打席や守備においてはどんな時にも冷静沈着を貫いているような男だ。それなのに、今回ばかりは打席の中で焦りを感じている様に見える。ほぼ同い年の投手にカットするのが精一杯という事実が彼を苦しめているのだろうか。プライドだけは一人前なのでその可能性もなくはない。


「知念は典型的なスプレーヒッターだ。本能だけで引っ張りと流し打ちを使い分けているのだろうな。まったく、その反射には恐れ入る」


 反射だけで引っ張りと流し打ちを打ち分けているとAKIRAは考えていた。だから考えてボールを打とうとする気持ちは微塵もなく、とにかく絶好球を打ち返してやろうという気持ちが全面的に押し出されているのだ。しかし、それだけならプロで活躍出来ない。知念の本能は数多の選手達よりも優れているようで無意識の内に広角に打つという才能を持っていた。凡人のAKIRAには決して真似できない芸当である。


「考えて打とうとはせず、来た球を打とうとするタイプか」


「ああ。だから知念は四球が圧倒的に少ない」


 積極性が高いというのもそうだが、悪球にも手を出してしまうのが知念の悪い癖だった。だれも打とうとしない球に手を出して結果的に凡打になるケースが非常に多し。しかも、スリーボールのカウントで明らかなボールがきても打とうとするのだから滅多に四球を記録出来ない。現に知念は交流戦が終わっても敬遠球以外の四球を出した事がないというのが驚きである。悪球打ちの選手はバッドボールヒッターとフリースインガーの二つに分けられるが、知念は明らかに後者だろう。ちなみに、変化球だろうが速球だろうがなんでもかんでも打ちに行き、選球眼の欠片も無い選手の事をフリースインガーという。


「四球が少ないって事は出塁率が低いって訳か。そいつはいけないな」


「だが、それだけ三振の数が少ないのは知念の特徴だな。現に知念の三振の少なさは両リーグでトップだと記録されているそうだ」


 最近の野球界は出塁率の高さが評価されている時代である。これはメジャーリーグから伝わってきた考え方なのだが打率よりも出塁率が評価が高いというのだ。しかし、この問題は野球全体を巻き込む大論争に発展していて、未だに打率と出塁率のどちらを重要していいのかは決まっていない。というよりも考え方は人それぞれなので個人の自由にすればいいのだが。しかし、人間は古来より議論を重んじる性質を持っているので簡単に「個人の自由」とは言えない。答えが見えない曖昧な問いだからこそ、意見が分かれてしまうのだ。ちなみにAKIRAは打率と出塁率のどちらも気にしていないタイプだ。気にしていないというよりも、自分の成績には目を瞑って見ないようにしている。特に好成績の時はそうだ。なぜならば、人には調子があるので好成績とは調子のいい日が持続しているだけに過ぎない。それと、他人の評価や自分が作りだした成績などにモチベーションを見出すのは危険だとAKIRAは知っている。野球界の評価は日々変わるので、もしも成績だけで一喜一憂していたらスランプになるのは当たり前であるからだ。そもそもAKIRAのモチベーションは目に見える物ではなく、内なる心の精神状態だ。ヒットやホームランを打ったという極上の喜びにだけモチベーションを感じているからこそ、好成績を維持出来る。これにより、「再びあの喜びを感じたい」という思いが芽生えて質の高い練習が出来るのだ。ようするに自分のバッティングが他人に評価されているからといって喜んでいるようでは、どんなに頑張っても二流選手止まりという訳だ。もしもAKIRAのように超一流になりたければ、努力自体にモチベーションを求めれば良いのだ。


「AKIRAも見違えるようになったな。昔は選手成績も知らない奴だったのに」


「去年は自分の無知に恥ずかしさを覚えたからな。必死に勉強したのさ」


 AKIRAも初めから野球哲学者としての一面を持っていた訳ではない。去年のAKIRAは野球に思想も哲学さえも見出さずに、ひたすらバットを振っていたような男だ。それこそ今目の前でバッターボックスに立っている知念を彷彿とさせる無知を晒していた。ところが、AKIRAは無知を恥ずかしいと感じてそれ以降は勉学に励んでいたのだ。そして多種多様な本を読み漁る事で、思想こそが仕事をする上で一番大切な要素だと理解したのだ。


「どんな勉強をしたんだ?」


「野球選手として成功している選手に共通している点を学んで取り入れた」


「過去の偉人達から学んだという訳か」


「ああ。特にスポーツ選手で活躍した人達は皆が自分なりの考え方を持っていたようだ。そこで俺は、野球選手として何をするべきなのかを去年のオフにずっと考えていた……その結果、観客を客体では無く主体として見るべきだと悟った」


 誰が野球選手の年俸を出しているのかと言えばオーナーではなく、お客さんだ。もしも彼らがいなければプロ野球というコンテンツは成り立たなくなる。だからこそ彼ら彼女らをどうやって喜ばせようかと考える事で、それが結果的に野球選手としての自分を向上させる方法になるのだという思想に行きついたのだ。ここでAKIRAが言う『喜ばせる』というのはポジティブに喜ばせる事だ。そうするためには普段の動作に美しさを取り入れる必要がある。だから、知念のように自分のためだけにプレーをするのはいけない。



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