123 食らいつくバッティング
石井の初球先頭打者ホームランはチーム内をこれでもかと盛り上げていた。しかも50歳という野手最高年齢の石井が、19歳の若造からホームランを打ったという事実がプラスされて、自分達も負けられないという気持ちが一気に満ち溢れている。さっきまで撃沈状態だったにも関わらずだ。やはり野球とは一発のホームランが流れを変えさせるスポーツなのだなとAKIRAは悟った。自分自身も気分が全く違うのだ。確かに気持ちの部分では東川を打ち砕こうとする熱意はあった。しかし、心のどこかで「本当に打てるのだろうか」という迷いも多少は感じていた。ところがだ。ここにきて石井がホームランを打ってくれた事で、その不安が一気に消し飛んだのだ。これには、さすがのAKIRAも感謝せざる終えなかった。
「石井先輩。あんたのおかげで目が覚めたよ」
AKIRAは迷うことなく彼の隣に座り、談笑を交わす。石井という大先輩の肌を近くで感じたかったからだ。世間では石井という選手は限りなく知名度が低いが、野球界の中では文句無しのナンバーワン遊撃手だ。50歳という高齢になっても怪我もせずに衰えを知らない彼が何故、世間では評価されないのか理解出来ないぐらいである。と言っても、評価どころかファンの間でも全く認知されていないのだが。
「さあ、これから力を合わせて速水を攻略するぞ」
石井が新たに決意表明していた。
「俺は高校時代に奴の球を何度も見ているから分かるが、去年よりも球威が格段にアップしている。一体、何が起きたのか今すぐマウンドに行ってお聞かせ願いたいぐらいだよ」
そこまで違うのだと言うのだ。スピードこそ特に変化はしていないが、球威が増したのだとだ。
「初球から振り抜くと決めていたから感触は分からなかった。あの時は火事場の馬鹿力が働いていたようでどうも覚えていないのだが、言われてみれば確かに球威は上がっている様に思える」
これは石井の長年の勘だろう。その目でなんどもスターを見てきた彼にとっては、打席で体感しなくとも、目で見るだけで判断できるのだ。その類まれなる才能はまさに経験から生まれていた。努力という名の経験を積み重ねる事こそが、石井のように長年プロで結果を残す秘訣かもしれない。
「その証拠に、あの知念が当てるだけで精一杯だぞ」
ストレートには滅法強いとされる知念でさえも、160キロのフォーシームに振り遅れている。それでも今の野球技術は進歩していてタダ速いだけの速球ではプロを抑えきれない。だからファールで粘る知念にも分があるという事だが、劣勢には変わらない。ただでさえ対ストレートの成績ではAKIRAさえも凌駕しているにも関わらず、この有り様なのだから思わず目を瞑りたくなる。
「カット……というよりも前に飛ばないようだな」
どんなにバットを振ろうが、打球は前に飛ばずに後ろや横に飛んでいく。フライ性の当たりが全くなく、ゴロ性の当たりばかりなのでパワーさえも半減しているのだろう。力と力の勝負で知念が劣勢に立たされているのは珍しい事だ。
「ああ。苛立っているようにも見える」
それを証拠に、打席中では無表情を貫いている彼が初めて首を横に振っていた。打席や守備位置に就いている時以外は常に感情をあらわにして吠えまくっている彼自身の本能が飛び出しそうになっているのがハッキリと分かる。
「野球に私情を持ち込むのは集中力を切らす事と同じだ。ここで変化球がきたらどうなる事やら……」
石井がそう言った瞬間、放たれたボールは縦に沈んで変化した。実に7球目にしてやっと変化球を投げてきたのだ。さすがの知念もこれには理性が追いつかないようだ。しかし、彼はかろうじてバットを振ってボールが擦った。傍から見れば三振しているような体勢だが、紛れもなくファールである。
「ファールボール」
主審もそう言っていた。そして息をする間もない攻防戦に、思わず冷や汗が出そうになるAKIRAだった。
「なんとか耐えたか。さすがに本能だけは一人前だな」
知念はほとんど本能だけで野球を続けてきたと言っても過言は無いだろう。所謂、脳筋と呼ばれるタイプで筋トレやウェイトトレーニングをひたすらこなしてきたような男である。野球そのもの勉強など全くしていないだろうが、本能でプレーを理解するタイプである。
「見ていると本当に感じるが、AKIRAとは真逆のタイプだな」
対するAKIRAは理性こそが野球を支える源だと豪語するタイプだ。本能だけでプレーしていては限界があり、理性に頼らざる終えない。知念のようになんでもかんでも打ちにいくようじゃ凡打や三振の数が増えて打率が下がる一方なのだ。これでは良くない。だが、知念は知念、AKIRAにはAKIRAの考え方があるので人の真似事をしていては成長しない。特に考え方は人それぞれなので人の意見を真に受けてしまうと、とんでもない事になるのはAKIRAも理解していた。
「考え方は人それぞれだ。俺のように理性を重んじる奴もいれば、知念のように純粋に本能だけを信じてる奴もいる。だからこそ、人間は面白いのさ」
人間観察を趣味とするAKIRAはそうだと言うのだった。




