122 目の覚める一撃
AKIRAは170キロのフォーシームを武器にして高校野球の頂点に登りつめた男だ。人は彼の事を100年に1人の天才と表現するが、彼自身は自分の事を天才だとは思っていない。それどころか天下で1番の凡人だと思っているぐらいだ。何故、ここまで圧倒的な成績を残している彼が自分の事を平凡な人間だと感じているのか、それはかつて野球部の監督から言われたからだ。「お前には野球の才能が無いから、3年かけて立派な選手に鍛えちゃる」とだ。何故、監督にこんな事を言われたのか。それこそ、野球部で1番と言っても良いぐらい下手だったからだ。満足に捕球も出来ず、フォームを定まっていない。長年監督業を務めている指導者ですら、唖然とする程だった。だが、あまりにも下手過ぎた事が逆に個性となって監督の心に火を点けたという訳だ。そこから、AKIRAの特訓が始まった。かつて偉大なるメジャーリーガーを輩出する切っ掛けなった4番1000日構想を実行し、見事AKIRAは高校3年生に野球選手としての才能を開花させたのだ。
もしも彼が監督に出会っていなければ今のAKIRAは存在しなかっただろう。それだけ人との出会いは大切で価値のあるものなのだ。そしてどんな人間にも人との出会いは存在する。繋がりを大切にして感謝する者が本当に人生の成功者となれるのは言うまでもない。そして誰もが最初は初心者から始まるのだ。それを心に刻めば、どんなに理不尽な出来事にも耐えられる筈だ。人が成功するためには、理不尽の嵐を突き進む必要があるのだから。
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1回の裏。阪海ワイルドダックスの攻撃が始まった。先頭打者はザ・キャプテンの石井から始まる。彼は50歳という人生の節目を迎えたばかりだが、バットは若いとき以上に輝いているのだ。それこそ、AKIRAという存在に出会ってから彼の力はパワーアップしていた。50歳を超えてもなお衰えをしらない彼は他チームにとって驚異的な存在になりえるだろう。
「1番ショート、石井」
ウグイス嬢の声と共に石井は左のバッターボックスに立っていた。50歳と19歳の対決は長い歴史を誇るプロ野球界でも中々お目に掛かれない光景だ。それ故に、両ファンも大きな声を出して二人に声援を送っている。どちらが勝ってもおかしくないという状況を作りだしているのも、彼らが正真正銘のプロである証だ。ここまでに石井は5本もホームランを放ち、打率は.280なのだから末恐ろしい。低反発球の時代にここまでの成績を残せる50歳はある意味奇跡だ。
AKIRAはベンチから石井の行く末を見守っていた。ほとんどのチームメイトが諦めムードになっている中、石井からは闘志を感じていた。他の皆がダメダメなだけに余計目立っているのだ。
「石井先輩を見ろ。今年で50歳という高齢なのに誰よりも張り切っているじゃないか」
隣でしょぼくれている玉井に向かって、話し掛けていた。
「でも、相手は現時点で最優秀防御率を誇る速水大道ですよ。期待出来ないっす」
「何故だ。石井先輩には打ちそうな雰囲気が出ているじゃないか」
まさにそうだと言うのだ。
「うーん……オイラには見えないです」
「それは彼に期待していない証拠じゃないか」
「だって、どう考えても160キロを超える速球なんて打てる気がしないですもん。AKIRAさんの投球をさっき見てましたけど、とんでもない速さでしたよ。速水の野郎はそれを投げてくるんですから恐ろしいですって」
AKIRAの速球にはキレが無いので、バッターは数字よりも遅く感じる筈だ。ところが、目の前で投球している速水はキレのあるフォーシームを投げる事が出来るので実質的な意味では速水の方が打ちにくいだろう。
「そんな事を言っていてはらちが明かないぞ」
「でも」
カキーン!
すると、目の前に打席で立っている石井が快音を残してボールをライトスタンドに運んでいた。162キロの速球を完璧に捉えた初球先頭打者ホームランである。どうやら打った本人が1番信じられないようでポカーンと口を開いて何度も何度もライトスタンドを振り返りながら、ダイヤモンドを歩いているではないか。
「ほらな。言った通りだろう」
AKIRAは腕を組んで自信満々な様子を見せていた。
「すげえ……なんで分かったんですか!」
キラキラとした目を見せながら、まるで少年のように純粋な心を取り戻していた。ベンチも暗い雰囲気だったのが一転し、いつもの明るい雰囲気が復活している。やはり野球とは一発が出れば流れが変わるスポーツである。
「石井先輩はザ・キャプテンだ。何かをやってくれそうな雰囲気があるだろう」
キャプテンやリーダーは行動でチームを引っ張らないといけない。いくら偉そうな事を言おうが結果を残さないと何の意味も無いのだ。そういう意味では、今季の石井は優れた結果を残してチーム全体を鼓舞している。御年50歳、まだまだ若い者には負けない活力を全身から放出していた。
「はい、今ならオイラにもそう思えるッス!」
こうして、AKIRAと玉井は帰ってきた石井をハグして迎えたのだった。




