012 バントの神様
山室の打撃力は明らかに向上していた。次の試合では7回の守備固めで試合に出場すると、打順が回ってきてプロ初ヒットを放ったのだ。そこから持ち前の足を生かして二盗にも成功していた。やはりワーグナー監督が見込んだ通り、山室には打撃の才能が奥底に隠れていたのだ。しかし、AKIRAという名コーチが山室の才能を引き出したことを忘れてはいけない。AKIRAには選手としての力量だけではなく、コーチとしても十分やっていけるほどの指導力を持ち合わせている様だ。若干、18歳の高卒ルーキーに。
この日の試合。山室は初めてのスタメン出場を果たした。足も速く、バントも出来るため、二番ライトでの出場だった。一番バッターには勿論、AKIRAがいる。
一回表の攻撃だ。
「一番センターAKIRA」
投手陣がぼちぼち怪我から復帰しているため、AKIRAは漸く本職であるセンターでの出場だった。相手投手はボンバーズの谷。AKIRAは一球目のフォークボールを空振りした後、二球目のストレートをドラッグバント。初回から強打警戒をしていたボンバーズの守備体形の裏を刺した見事なバントヒットで、AKIRAは悠々と一塁に到達した。
「二番ライト山室」
山室の名前がコールされた。山室も、AKIRAと同じく左投げ左打ちであるため、左のバッターボックスに入っている。打法はバスター打ちだった。
その瞬間、谷から牽制球が投げられた。AKIRAは間一髪の所で一塁に帰還した。山室の打席に見入ってしまい、あやうくアウトになるところだ。そもそも、AKIRAは自由に走ってもいいというグリーンライトを与えられているのだ。牽制球には十分に警戒しないといけない。
二球目、AKIRAは完璧にモーションを盗んで二塁に到達。三球目にも盗塁をして、AKIRAは三塁に無事到達した。
そして四球目だ。山室がバントの構えを見せた瞬間にAKIRAも同時にスタートした。ボールが一塁線上にコロコロと転がっている間に、AKIRAはホームイン。なんと、山室はスクイズを成功させたのだ。これで、バントだけで一点を先制したことになる。
「山室先輩よくやった!」
「お前のスタートダッシュが良かったからだよ」
そう、お互いを褒めていたのだった。
二打席だ。AKIRAは三振に倒れると、次のバッターの山室がセンター前ヒットを放って塁に出た。足も速い山室はAKIRAを彷彿とさせるような芸術的な盗塁を重ねて、三塁に到達した。
こうして、山室は三打数一安打一打点二盗塁でこの日を終えた。対するAKIRAは四打数一安打二盗塁と同じような成績だった。両者のプレイスタイルは非常に似ていて、思いが通じる部分もあるのだろう。バッテイング練習を境に、お互いの仲は良くなっていた。
「お前、小学生までアメリカにいたんだって?」
ロッカールームで着替えをしていると、山室に話しかけられた。
「どうしてそれを?」
「バカ野郎。監督がショルダーさんを紹介しに来た時に通訳をかってでたのはお前だろ? しかも、お前自身が小学校までアメリカにいたから英語が分かるって言ってたじゃねえか」
「ああ、あの場所に先輩もいたのか」
「失礼な奴だな。俺は開幕戦から一軍スタートしているぞ」
「そうなのか。どうも存在感が薄いのか、気が付かなかった」
AKIRAは先輩にも堂々と喋っている。まだ18歳の少年だが、やはり大物の風格が出ていた。髭もそれとなく濃くなっている。しかも老け顔なので18歳のベテランというあだ名がチーム内で流行っていたりしていた。
「悪かったな。存在感が薄くてよ」
「それで、何の話しだっけ?」
物忘れが激しいのも大物と呼ばれる所以なのかもしれない。
「小学校までアメリカにいたんだろ?」
「そうだ。父親がアメリカで仕事をしていたのだが、突然仕事をやめて日本に暮らすって言い始めてな」
「それで、中学校から野球を始めたのか?」
「いいや。中学校では陸上部に所属していた」
AKIRAは自然にとんでもない事を口走っていた。中学校で陸上部に所属していたという事は、野球は高校から始めたという事になるだろう。
「陸上部だって?」
「ああ。短距離走をしていた」
「それで、高校から野球を始めたのか?」
「最初はハンドボール部に入ろうと思ったのだが、ハンドボールの体験入学を偶然見ていた野球部の監督に誘われたのさ。君の強肩を野球で生かさないかとね」
そう、AKIRAは元々、野球には興味が無かったらしい。
「へえ。そうだったのか」
「だから小学校や中学校の作文に、将来の夢は公務員と書いていたな」
「公務員か。ちょっと想像しにくいな」
外国人張りに筋肉ムキムキの公務員なぞ、見た事がないからだろう。
「そういう山室先輩はいつから野球に目覚めたんだ?」
「俺は小学校の頃からさ。父親が草野球の監督をしていたから、俺は自動的に野球と触れ合う時間が多くなってな。気づいた時には四番でエースだった」
「四番を任されていたということは、昔はバッテイングが良かったのか?」
「ああ。かなりの早熟だったらしい。高校を入学する時には既に劣化が始まっていた。高校三年生ではベンチ入りも出来なかったぜ。当然大学でも芽が伸びず、社会人になっても野球を続けていた。プロ入り出来たのは奇跡みたいなものだぜ。俺はお前と違って、ドラフト8位指名だったしな。地味にも程がある」
そうだと言っている。
「だが、今は蘇ってきているじゃないか。バッテイングの感覚は」
AKIRAは山室の胸を軽く拳で叩いた。すると、
「お前のおかげでな」
山室もAKIRAの胸を軽く叩いたのだった。




