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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
119/426

119  理想の自分とのギャップ


 こうして、山室のスタメンが決まった。打順こそ8番バッターと比較的地味だが、そんな事は関係ない。大事なのはスタメンとして名前が入っている事である。山室がスタメンとして起用されるのは交流戦以来となるので約3週間ぶりという訳だ。それまで、彼は代走や守備固めとして起用されていたが一度も公式戦でバットは振っていない。それぐらい打撃面では不調に喘いでいた。きっと、精神面でも落ち込んでいたのだろう。昨年は規定未到達ながらも200安打を達成し、阪海ファンから「ついに覚醒や!」と言われていたのが今年になっては急激な落ち込み様。これを見たファン達は得意のやじを披露して、山室の背中に大きく突き刺さっていた。センターのポジションで隣を見ていると、あまりにも可哀想でプレー中にも関わらず庇いたくなってくる。だが、そんな事をしてはいけないのは分かっているのでAKIRAは心の中で彼を応援するしかなかった。


 選手は誰しも試合に出ている時は孤独だ。試合ではプレーでカバーしてくれる人はいたとしても、精神的に助けてくれる人なんていない。レフトならレフトなりの役割があり、それを他の選手が横取りしてはいけないのだ。例えばAKIRAの瞬発力と守備範囲があれば、レフトやライト方向の打球だって捕球出来るだろう。だが、それをしてしまえばレフトとライトの仕事が無くなってしまう。だからこそ、真に仕事が出来る人間は仕事を横取りするのではなく、分け与えていると言っても過言では無い。


 しかし、山室はいくら仕事が分け与えられていても結果を残す事が出来ずにスタベン選手としての烙印を押されてしまった。去年の栄光を見ていると、明らかな落ちぶれっぷりにチームメイトも心配する程である。これから阪海を引っ張ってくれる選手として活躍すると思った矢先のスランプ。これには本人だけでは無く、首脳陣達も驚いただろう。仮にジンクスという言葉が本当にあったとしても最低でも.265は打てるだろうと期待していた。それなのに現時点では1割にも満たない打率なのだから悲鳴を上げるのも無理は無い。もしも山室が外野手として平均的な打率を残してくれれば、試合展開も随分と楽になるのだから。


 今現在レフトを守っているのは両リーグでも最低の守備指標を叩きだしている神野光太朗という男だ。彼は打撃もイマイチで、足はソコソコ、守備に至っては軟式野球の中学生の方がマシだと言われるぐらいの選手だ。それでいて調子の波も激しいのだから厄介だ。4打数4ホーマーの固め打ちを披露する時もあれば、32タコという恐ろしい成績を叩きだす時もある。それだけに何かをしてくれそうだという期待はあるが、その期待に応えてくれたのは数少ない。そんな不安定な選手よりも、安定性の高い山室を使いたいのが首脳陣の本音である。神野を代打の切り札に置き、山室を1番バッターとして起用する。それが昨年の阪海首脳陣の考え方だったのだから。



 ******************



「山室先輩。監督からスタメンの許しが出たぞ」


 ロッカールームで身支度をしている山室に、AKIRAは話し掛けていた。すると山室は嬉しそうな表情とは裏腹に冷静な口調でこう言い始めた。


「この試合で結果を残さないと更に悲惨な結末が待っていそうだな」


 きっと山室の脳裏には阪海ファンの野次が木霊しているのだろう。しかも今日は本拠地の阪海球場でプレイするのだから野次の声も想像を絶する物だろう。しかし、他人の意見に惑わされるようでは野球選手として一皮剥けないのは言うまでもない。むしろ自分の考え方を中心に据えて、プレーを続けないと意味が無いのだ。AKIRAも今シーズンは己の哲学を信じてここまで戦ってきた。その結果が.418という高打率だ。


「大丈夫だ。先輩の手でパラダイムシフトを起こしてやればいい」


 常識をぶっ壊せという意味で励ましたのだ。しかし山室には逆効果の様で余計に胃を痛める原因を作ってしまったらしい。とたんに青白い顔になったと思うと苦笑いを浮かべていた。


「俺は……お前みたいに皆の英雄ヒーローじゃない。常識を覆すなんて無理だ」


 AKIRAは勘違いしてしまっていた。阪海には個性豊かなメンバーが多すぎて、励ませば頑張ってくれるのだと。ところが、山室はそういうタイプじゃない。何をするにも悲観的で自分に自信がまるでないタイプなのだ。そういう人間にいくら褒めようが、海の水を飲み干そうとするぐらい無謀な事である。それでは彼を励ますにはどうすればいいのかという疑問が湧いてくる。AKIRAは脳裏に浮かんできた問いを吟味しながら、数秒後に答えを導き出した。


「完璧な人間など存在しない。皆、目の前の課題を必死に攻略しようと努力しているだけだ。山室先輩は今まで培ってきた努力を他人の声で無駄にするつもりか?」


 AKIRAの答えが効いたのか、山室の表情が見る見る内に明るくなっていく。他人の声に惑わされるのがどれだけ馬鹿らしいのか理解したのだろう。


「いいや違う。これまでの努力を無駄にしたくはない」


 努力とはすなわち時間の経過だ。それを無駄にしたくないのは人間に共通する感覚と言える。誰しも時間に損は出したくない物である。特に山室のように悲観的な人間は時間の無駄を極端に嫌うので、AKIRAがその感覚を刺激してやったという訳だ。


「よし。だったら、今日の試合に全力を注いでくれよ」


「ああ、勿論だ。そう簡単にくだばってたまるか」


 それは、山室の野球熱に火が点いた瞬間だった。





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