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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
118/426

118  監督への助言


 翌日、AKIRAは監督室の扉を叩いていた。高卒二年目の選手がここまで監督に意欲的なのは珍しい。普通ならば萎縮してしまって中々自分の思っている言葉すら口に出来ない者がほとんどだと言うのに、彼の場合は何の抵抗も無く監督と気軽に会話が出来る。これは生まれ持った才能どうこうではなく、物心がついた頃にアメリカの分化に触れていたからだろう。少なくとも、あそこは日本よりも積極的に他者と会話する傾向にあるし、日本人のように消極的で仏頂面な人間は向こうでは相手にもされない。だからAKIRAは子供の頃から社交的で、誰とでも仲よくしようという気持ちが全面的に前に出る。その割には一人が好きで、皆にも一匹オオカミに思われがちなのだが。


「監督。話があるのだが」


 無論、監督は自分の椅子に座って話を聞いている。突然の来訪者と言えど、相手は選手なのだから動じる必要も無い。


「いつでも意見はウェルカムだぞ。青年」


 と、マスク越しからわずかに見える眼光を飛ばしながら彼は言っていた。監督は常にマスクを被っているので正体は誰にも分からない。それでも去年は監督自身も打席に立って戦っていたので、野球マニアならば彼のフォームを見て正体に気が付いたのだろうか。いずれにしても謎多き人物である事は間違いないだろう。


「今日のスタメンは決まっているのか?」


「いいや、まだ決めていないぞ」


 即座に首を振っていた。


「だったら俺に考えがあるのだが。言ってもいいか?」


「当たり前だろう。選手の言葉に耳を傾けるのも監督の仕事だ」


 彼はそうだと言うのだ。選手の意見もまた大事なのだと。


「今日の試合、山室先輩をスタメンにしてくれ」


「それはまた……大それた意見だね」


 監督が驚くのも無理はない。なぜならば山室は絶賛スランプ中の身であり、現時点で打率は.087。かろうじて守備と盗塁技術が長けているため1軍に定着はしているが、どう考えてもスタメンで起用させる選手ではない。守備や盗塁の要として、ここぞという時まで温存しておく秘密兵器である。代打の特性は無いが、それでも代走や守備固めで起用すれば彼の右に出るものはいない。無論、スタメンで使えれば越したことは無いのだが、いかんせん打率が低すぎてバットの快音を残してくれない。ところがここにきてAKIRAが「山室を是非スタメンに」と言うのだから、監督も不思議でたまらないだろう。だが、AKIRAには考えがあって彼をスタメンで起用させようとしている。常に自分の哲学や考え方が真理なのだと教えている彼が、何の根拠も無しに山室を推薦する筈も無いのだ。


「守備位置も決めてある。ファーストで起用してやってくれ」


「守備の名手と呼ばれる山室をファーストでスタメンだと! 君は一体何を考えているんだ。彼の特性を殺してしまうではないか」


 監督の言う通りだ。山室は外野手として阪海に入団して幾数年経過したが、これまでに一度もファーストを経験した事が無い。ファーストとは捕手の次にボールを捕球する重要なポジションであり、ファーストに関しては全くの素人である山室を立たせて良い訳が無い。捕球ミスをして相手の走塁を許したり、最悪の場合は点を入れられるという可能性だってあるのだから。


「山室先輩を外野として出場させた時、外れるのは光太朗先輩でしょう。他の二名は安定した結果を残しているので、外しにくい」


 AKIRAはそう言うのだった。センターとライトは結果を残しているのだと。しかし、レフトを守っている光太朗はそうじゃない。彼は調子に波があって、いつも不安定だ。守備も両リーグで最悪といいほどの捕球難を持っている。打率も.240前後とレフトの守備負担を考えれば、あまり良くない数字である。だから山室をスタメンにする時は、彼を外野から外せないというのだ。もしも光太朗をファーストで起用した場合はそれこそ阪海ワイルドダックスの崩壊が目に見えているのだから。


「確かにそうだが、そうなると松本を外さなければならない」


 松本は今季ファーストとDHでしか登録されていない。それにより、自動的に外されるのは彼という事になる。


「今日の先発は本格右腕の速水大道はやみずだいどうだ。松本先輩は左殺しと言われる程、左投手を得意にしている左打者だが、右打者からは全くヒットを打っていない。しかし、山室は同じ左打者でも右ピッチャーを得意とする選手だぞ」


 AKIRAの言う通りだ。松本は左打者でありながら左投手を得意とする珍しいタイプであるが、その反面右投手には滅法弱い。両打ちだったのを左打ちに変えたのもそれが理由だ。左で打っている時の方が投手からヒットを打ちやすいと考えていたためである。


「しかし、それでも松本の方がヒットを打つ確率は高い。お前がそこまで言うのだからきっと理由があるのだろうが、それを聞かせてくれないと首を縦に振るのは出来んな」


「彼は打撃のコツを掴んだ。スランプ脱出も時間の問題だと言っている」


「それは本当なのか!」


 さすがの監督も驚いた様子で目を見開いて立ち上がった。なぜならば、もしも山室が完全復活すれば光太朗など余裕でスタベンに追い込む程の能力を持っているからだ。打っては3割後半の高打率を残し、走っては盗塁を量産し、守備では強肩と捕球範囲の広さを十分に発揮する。山室は打撃の感覚さえ取り戻せば、立派なスターなのだから。


「後はきっかけが必要だ。そう思わないか?」


「しかし、あれほどスランプに悩んでいた男が何故急にコツを掴んだ? ……まさか、またお前が力を貸したのか?」


「いいやそうじゃない。山室先輩を助けてくれたのは一冊の本だ」


 AKIRAがそう言うと、監督は納得した様子で頷いていた。これで今日、山室のスタメンが決まった。無論、打順的には下位打線を任されると思うがそれは仕方ない。問題は与えられた仕事をどうこなすか、それだけなのだから。



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