114 山室の苦悩
6月26日、交流戦が終了した。ラ・リーグは首位のツネーズと0.5ゲーム差で2位の位置に座している。これは10年振りの快挙であり、もしかするとリーグ優勝の可能性だって視野に入ってきた。しかも阪海ワイルドダックスは交流戦優勝という快挙を達成している。何故、ここまで急に阪海が強くなったのか。恐らく、一番関係しているのはAKIRAという19歳の存在だろう。
彼の交流戦を終えての成績は以下の通りだ。括目してご覧いただきたい。
打率.418 251打数 105安打 24本塁打 84打点
まさに凄まじい成績を残している。対右打率は.437とほぼ5割近く打っているのが特徴的だ。それに彼は現時点で野手全冠を達成しており、好調を維持している。それでも彼は精神的には油断できないと言っているのだから末恐ろしい。それでいて、守備も光っており、エラー無しで交流戦を終えている。レギュラークラスの外野手でエラーが一つも無いのは両リーグを合わせてもほぼいない。それだけ鉄壁に守備力も兼ね備えているのだから驚きである。
しかし、去年2割後半がやっとだったAKIRAが、何故急に4割という高アベレージを残して交流戦を終える事が出来たのか。その理由は劇的に内野安打が増えた事だ。打撃改造によって打てる範囲が拡大する事により、長打は増える。だが、その分打ち損じも増えるため、内野ゴロも頻繁に出るようになった。それが功をそうして打率が劇的に上昇したのである。AKIRAの打席では敵の守備位置がどうしても深くなるため、長打警戒の内野シフトになっている。そこに内野ゴロを打てば自ずと内野安打も増えるという訳だ。
しかも、AKIRAは左打者かつ足も速い。100メートルを9秒台で走る俊足を生かして一塁まで駆け抜ける姿は、まさに陸上選手そのものだ。彼はバントの技術も優れているので、セーフティバントやドラックバントを成功させる姿も今シーズンでは見られていた。それに盗塁も合わさるのだから非の打ちどころが無い。AKIRAという存在が阪海に数多くの勝利をもたらしているのだ。
無論、それだけではない。野球とは個々の力が集まって初めて成立するスポーツなので、他にも活躍した選手はいる。2番目に活躍しているのは知念恭二という18歳の高卒ルーキーだ。彼の打撃成績もそれなりに良い。
打率.280 13本塁打 38打点
バントを全くしない2番打者として君臨している彼だが、高卒ルーキーだというのに2桁ホームランを達成している。看板直撃弾も何度か放っているので相応の破壊力を持っているようだ。彼はまだ1年目だというのに木製バットに難なく対応してしまい、これだけの打率とホームラン数を誇っているのだ。戦力として数えられるのは言うまでもない。そして彼も守備の面で活躍を見せており、チームを救う守備を連発している。肩もバズーカ並に速く、それでいてレーザービームの正確さを誇るのだ。AKIRAには及ばないにしても、彼は高校野球決勝戦の舞台で最速155キロを投げ込んだパワーピッチャーだ。それ相応の肩を持っているに違いない。
この2人のルーキーの活躍により、阪海はリーグ2位という位置に座っている。勿論、他の選手もそれなりに好成績を残している事も関係している。去年ツネーズを戦力外になった玉井も、持ち前のリード力を駆使して投手陣を支える守備の要として、チームを支えている。石井打撃コーチに教わったフォームにも光が見えており、自身初のホームランを放っている。打率こそ.199とそこまで高くはないが、それでも以前と比べれば大分向上しているのだ。
その逆に全く活躍していない選手も大勢いる。その中でも特いに落ちぶれてしまっているのは山室外野手だ。彼は去年、規定打席未到達ながらも200本安打を放つという天才っぷりを見せたのだが、今年は打撃力が低迷しており、前のようなポジショニングに逆戻りしている。守備と足だけで1軍に残っているようなもので、とても1億円プレイヤーに相応しい成績とは言えない。それでも戦力としては数えられるのが唯一の救いか。まさに、魔法が解けたかのような落ちぶれっぷりなのだ。
そんな山室に声をかけているのは、紛れもなくAKIRAだ。そもそもAKIRAの指導が無ければ山室の200本安打達成も無かったのだから、思い入れもあって当然である。
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「絶賛スランプ中だと聞いたのだが、本当か?」
AKIRAと山室は近くの屋台でおでんを食いながら、話しこんでいた。ここは橋の下という事もあって、車の音が良く聞こえる。それがまた屋台らしくていいのだが。
「本当だよ。何故か急に打てなくなったのさ」
山室は打つ向き加減だ。よっぽど今の現状に堪えてしまっているのだろう。目は落ちくぼみ、クマが出来てしまっている。一時の栄光が忘れられずにがんじがらめになっている証拠だ。
「スランプになっているのは必ず理由がある。その理由に気付かなければ攻略も出来ないぞ」
どっちが先輩なのか分からない発言をAKIRAはしていた。それだけ、彼は濃厚な人生を送っていたという訳だ。そうじゃないと、ここまで深みのある言葉を19歳の青年が出せる訳もない。普通は先輩に偉そうな事は言えないと思う筈だ。しかし、AKIRAはそうじゃないのである。
「でも理由が見つからないんだよ。どうしたものか」
そう、山室は確実に悩んでいたのだった。どうすれば去年の自分に戻れるのかと。




