113 侍ジャパンの4番候補
3回の表、2対0のまま阪海がリードしていた。そしてこの回の打席、先頭を任されたのは国民的スーパースターと化したAKIRAである。もはや鬼崎と張り合える程の知名度をたったの1年で培った彼に、敵などいない。ところが、彼は常に不安と闘っているぐらい精神的に弱い選手だ。いつも試合前には大好きなアイドルグループの曲を聞いてから自分を奮い立たせて、試合に臨む。そうじゃないと緊張してまともなプレーが出来なくなる可能性もあるからだ。それぐらい、彼は自分に付き纏っているプレッシャーに押しつぶされそうになっている。それはそうだ。なんせ、数十年ぶりに阪海から左の和製大砲が誕生したのだから。
左打者でホームランを40本以上打った生え抜き選手は、阪海に2人しかいない。1人は70歳を超えた今もメジャーで現役を続けている鬼崎喜三郎。彼は20世紀を代表する5ツールプレイヤーとして、数々の伝説を残した。それこそ彼は記録にも優れているが、それ以上に記憶に残る選手だ。難しいプレーや珍しいプレーを連発し、マスコミには高圧的な態度を見せる。しかし、その毒舌が反響を生んで日本人なら誰もが知る知名度を誇っている。無論、彼の半世紀にも及ぶプロ生活で培ってきた記録も計り知れない。
シーズン60号本塁打、日本野球史上初の4割打者、10年連続盗塁王などの輝かしい記録は今でもなお破られていない偉大な記録だ。しかし、二人目の生え抜き長距離砲が、鬼崎の記録を抜くのではないかと期待されている。それこそ、渡辺明……もとい、AKIRAだ。彼は交流戦の半分まで終えて打率は.455を残している。それでいて、左殺しと言われる阪海球場でもホームランを量産するパワーを誇る。
まさに、鬼崎の偉大なる記録を抜けるのは彼しかいないと世間が思うのも納得の数字だ。しかも、去年は高卒1年目でありながらも40本以上ホームランを打っているので期待は尚更かかる。その期待が、AKIRAの肩にプレッシャーとしてのしかかっていた。
本来ならば「俺は守備の人」と自負しているぐらいなので、本当は守備を見て欲しいのだとAKIRAは語っている。ところが、守備は地味を極めており、彼は外野を守っている。試合展開によっては一度も捕球せずに守備を終えるのも珍しくない。だから皆はAKIRAの打撃に興味を抱くのだ。
ところが、AKIRAは野球の中で一番苦手なのを打撃としている。それは何故か。理由は凄く簡単である。彼が完全主義者という一点だけだ。完全故に、2割後半や3割前半の打率が良しとされる打撃には根本的に相性が悪い。なので、守備や走塁などのミスが許されず、完全を求められるプレーを得意にしている。
それでもなお、AKIRAは打席に立つ。いくら苦手だとしても野手ならば打席に立つ事を求められるので、仕方がないのだ。それに苦手な分野であればあるほど、燃えるのがAKIRAの性格だ。なので、別に打撃が嫌いという訳ではない。
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「3番センター、AKIRA」
ウグイス嬢が彼の名前を呼んでいる。そして、AKIRAという舐めが読み上げられるのとほぼ同時に、球団の旗がこれでもかと振られる。いくら敵チームの本拠地であっても、彼が打席に入ればファン達も異様な盛り上がりを見せる。それは、敵対している球団のファンであっても話しは別だ。AKIRAのひたむきな野球道に心惹かれる者は多く、それは球団という枠を超えて、1人の人間として尊敬の念を抱かれていた。
まるで地鳴りのような応援歌が響き渡る。まるで、ドーム全体がファンの声によって揺れ動いているようだ。それだけ、球場に来ているファンも興奮しているという事なのだろう。それを証拠に、AKIRAの打席では視聴率がかなり上昇する。テレビの前の皆も、かじりついて見ているという訳だ。
こんな選手は鬼崎喜三郎ぐらいだ。つまり、日本にはいない。誰もがその名を知っているスーパースターであり、打席に立つだけで視聴率を動かす男は。
「侍ジャパンの4番に相応しい歓声だな」
キャッチャーの男がそう呟いていた。何を隠そう、来年開催される野球のワールドカップにAKIRAは4番打者として選考されている。だが、自分はまだ世界大会に出場するのは早いと思っているのだ。それこそ辞退も考えている程に。
「俺ごときが日本の4番などおこがましい。メジャーには俺より4番に相応しい日本人がいるだろう」
そうなのだ。何も日本人メジャーリーガーは鬼崎喜三郎だけではない。今年、メジャーに挑戦した野手は8名を超えており、その皆が優秀な成績を収めている。日本の4番はそこから輩出されるべきだとAKIRAは考えていた。しかし、相手捕手の男は静かにかぶりを振っているではないか。
「認めたくは無いが、お前のパワーに勝てる日本人はいない」
断言するような口振りに、AKIRAは疑問に思う。
「そうか?」
AKIRAは呟きながら、相手投手から投げられたボールにタイミングを合わした。その瞬間、耳元で風船が破裂したような音が響く。
あまりにも軽くジャストミートすると、打球は見る見る内にドームの奥へと延びて行く……。そして、最終的には知念が当てた看板の上にボールは直撃していた。推定飛距離は160メートルを余裕で超えているだろう。
飛距離が伸びすぎて看板には当たらなかった。パワーの有り余る外国人バッターでさえ中々出来ない芸当だ。それを、AKIRAという男は軽くミートしただけでやってみせた。
「ほらな。言った通りだろ」
相手捕手は、ダイヤモンドを悠然と周るAKIRAに向かって、そう言っていた。




