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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
111/426

111  時間の質


 AKIRAという男がここまで好調な理由は技術的な問題よりも、むしろ精神的な問題にある事は周知の事実となった。彼は今シーズン、効率、意識、哲学の三つをテーマにして試合に臨んでいる。この三つの中でも彼が特に力を入れているのは哲学だ。それも本格的な哲学とは違い、野球というスポーツを通じて自分の感じた事や気が付いた事を哲学にしている。


 たとえば、彼は投手と打者が対戦する時には必ず心の時間が存在していると考えていた。18.44メートルの距離から放たれたボールが、キャッチャーミットに到達するまでの時間は1秒を切る事がほとんどだ。ようするに、打者と投手の攻防は、ほぼ一瞬の間に決まるという事を意味する。


 しかし、AKIRAは数値的な意味での時間は投手と打者との対戦では無いと主張している。本当に存在しているの心の時間であり、心が生み出す時間で互いは勝負しているのだと感じていた。良く言われるが、人は危機に瀕した場合、時がスローモーションになる。数値的な時間で言えばスローモーションになる訳がない。だが、そう感じる人も中にはいるのだ。


 AKIRAが言っているのはズバリそういう事である。数値的な時間など何の意味も無く、重要なのは時間の質だと。時間は誰にでも平等であるが、状況によっては時間が長く感じたり、遅く感じたりする。それは心の状態が激しく関係しているのだと、AKIRAは考えに至った。精神的に不安定な状態では時間の質は悪くなる一方だ。ところが精神的に快調な者は時間に余裕を持てる。


 それ故にAKIRAは24時間という決まられた時間には何の興味を示さない。なぜならば、意識していない時間は時間にあらずという言葉を胸に抱いてるからだ。そう言った意味では、投手と打者が対決する時間も質によって決まるという訳だ。


 つまり、よりどちらが技術的に勝っているかではなく、どちらが時間の質を勝っているのかが勝敗を決するキーポイントだと言う事だ。その考えに至った彼は、精神を鍛えるために様々まエッセイ本を読んで他者の意見を吸収した。と、ここで間違えてはいけないのは、他人の考えは参考にする程度の物であり、絶対に自分の考えとして使ってはいけないという事だ。


 そもそも人間は今まで生きてきて感じた体験や経験こそが全てだ。これを経験論と言い、経験を積み重ねる事によって自分の思考は確立されていく。無論、人によって経験は違うため、必ずしも他人の意見が正しいとは言えない。だからこそ、AKIRAは他者の意見には耳を傾ける程度で、決して感銘などしない。意見を参考にしたりするだけだ。


 技術や体力では過酷なプロ野球では生きていけないと考えているAKIRAらしい思考だ。無論、AKIRAの思考を真似したところで何の意味も無い。


 ところが、ファンはそうじゃないのだ。彼らはAKIRAという人間像に惹かれているので、どうしても真似事をしたくなる。真似するのは成長する上では悪くない。しかし真似をするだけで満足するという人間が大半をしめている事実はかなり厄介だ。


 真似で満足して、それ以上成長しようともしない輩が大勢している。もしもそこで成長しようと思えばそれなりにやれる筈だ。それなのに、中途半端に辞めてしまうのはかなり勿体なのだ。だからこそ、やると決めた事は何がなんでもやり通すという気構えはとてえも重要だ。なぜならば、プロ野球選手の人々も最初からプロだった訳ではないからだ。もしも彼らが中途半端で野球を辞めていたら、彼らをテレビで観る瞬間は訪れなかっただろう。逆に言えば、努力を続けさえすれば誰しもあの舞台で野球が出来る可能性はあるという事だ。




 ************************



 AKIRAと監督が話し込んでいると、目の前で強烈な破裂音が響いたと思うと、打球は見る見る内に伸びていき、ライトスタンドの上段にまで白球が運ばれていた。推定飛距離は140メートルの特大ホームランである。まさにあれはホームランアーチストの名にふさわしい見事なホームランだった。


 これにはさすがのAKIRAも立ち上がってポカンと口を開けていた。そもそもAKIRAはホームランの平均飛距離が140メートルというとんでもない男なので、芝田のホームランに驚く要素など微塵も無い。ところが、他人の叩きだした特大アーチにはかなり興味津々でいてもたってもいられないようだ。


 ゆっくりとダイヤモンドを一周している芝田の表情はとても晴れやかだ。彼もそこまで表情を表に出さないタイプだが、それでも嬉しい時には笑みを浮かべる。


 そして、ベンチに帰ってきた芝田と熱いハイタッチを交わした。しかし、AKIRAの100キロオーバーの握力が火を噴いたのか、芝田は若干痛そうにして苦笑いを浮かべていた。


「いってえ。お前馬鹿力なんだから手加減しろよ(笑)」


「ハハ、済まないな。加減が出来なくて」


 二人は談笑しながらベンチに座った。彼はこのようにして誰とでも仲よくしようと積極的に会話をしようとする。この理由はコミュニケーションがとりたい訳でもなければ、話しがしたい訳でもない。彼は誰かと話さないとストレスがたまるという体質なので自然と人と接する機会が増えるという訳だ。


 それにこの時は、芝田が特大ホームランを打った時の感想を知りたかったのである。




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