110 飛ばし屋、芝田
AKIRAが魅せるプレーに拘るのは二つの理由がある。それは前にも触れたが、一つは自分のためだ。彼は所謂完全主義者の一人であるため、打撃や守備にも完璧を求める傾向にある。AKIRAが思う完璧の定義とは自分が如何に納得するかであり、他人の評価など気にしない。他人が何を言ようが言わまいが、自分が思う納得の基準さえ上回ればそれでいい。しかし、AKIRAの思う完璧は人の思う完璧よりも基準が高いようだ。なので、シーズン中にも中々どうしてミスを許さないという気構えが有り過ぎて、過呼吸になりそうなプレッシャーを自分で作ってしまっている。無論、完全主義によってプレッシャーが過度に掛かっているのは、彼も気が付いている。しかし、それでもなお彼は完全という二文字に拘る。
それは何故か。ここで二つ目の理由に繋がる。球場の中には野球人と観客の二通りに分かれるが、AKIRAは自分達野球人が客体であり、観客こそが主体だと信じている。ようするに、接客業と同じだと言うのだ。
野球選手は店員であり、観客は神様なのだと。だから神様が見ている前では手を抜いたプレーなど出来る筈などない。それがAKIRAが完全を求める理由である。お客さんが高い入場料を払ってまで自分達のプレーを見に来ているのに、怠慢な事をするのは絶対にしてはいけない。その考え方があるからこそ、お客さんの喜ぶプレーを魅せる必要が出てくる。
捕球の仕方でも普通にボールを捕るのではなく、バレリーナのように軽快に動く事もありだとAKIRAは感じていた。確かに軽快に動くというのは疲れるかもしれない。しかし、それでお客さんが喜んでくれるならAKIRAは大満足である。あくまで主体は『お客さん=観客』なのだから、少しぐらい疲れたとしても文句は言ってはいけない。
このように魅せるプレーを続けていれば次第に評判は良くなり、観客の増加にも繋がるのだと推測している。勿論、この考え方に至るまでには相当の努力と鍛錬が必要になり、最低でも1年を通して結果を残さないといけない。なぜならば、結果の出ていない選手がAKIRAのように「魅せるプレーが大事」なんて言っていると、指導者から「お前は基本もできてないくせに、何を言ってるんだと」鉄拳が飛んでくるだろう。
故に、この考え方は基本のプレーが出来ているという事が大前提である。そして基本動作に加えてある程度の成績を残した上で、お客さんにどうすれば喜んでもらえるかを考える。
物事には順序があるので、それを守らなくてはいけない。AKIRAもその事に関しては重々承知しているため、高校野球では基本を学ぶ事に集中していた。結果的に言えば、練習を観に来てくれる家族や近所の人をまったく意識していなかったのだと再認識出来る。しかしそれでいいのだ。
基本が出来ていない内は何をやっても説得力が無い。基本をマスターする事によって、始めて思考は進化する物であると、AKIRA自身は強く感じていたのだった。
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「芝田の存在感は選手が出塁してから始めて現れる。あれを見れば一目瞭然だろう?」
監督が話した通り、芝田の目つきは塁に選手がいない時といる時では全く違う。塁に誰もいない時では草野球のオジサン程度の圧力しかないが、塁に選手が立っていると、一気に一流選手の顔つきになる。例えるならばある程度結果を残した中堅選手の圧力と言ったところか。まだ一年目でもあるにも関わらず、その程度の圧力が出せるというのは天才的だ。しかも芝田はこれでもまだ進化の余地が残されているのだから驚きである。
「監督の言う通りだな。芝田には左の長距離砲という雰囲気が出ている」
日本人には左の長距離砲が大勢いる。世界の王を始めとして、日本人メジャーリーガーの象徴的存在である鬼崎喜三郎も左バッターだ。そしてAKIRAもまた左投げ左打ちで、左の長距離砲と認識されていた。この時代は何故か右の強打者が壊滅的に少ないのである。いたとしても中距離ヒッターどまりであり、中々30本や40本の大台に乗せる事が出来ない。アメリカや、まして韓国にも右の長距離砲がたくさんいるにも関わらず、日本だけ右の大砲が不足している。
最近ではルーキーの知念がホームランを良く打っているので、まだましだが本格的に右の強打者が絶滅傾向にある。阪海のように3番、4番、5番のクリーンナップが左バッターである事はなんら珍しいものではないのだ。
「阪海球場はとても広い。しかも左地獄と言われる程の浜風も吹いている。その中でホームランを打てる左打者というのは重宝するよ」
確かに阪海球場の広さは両リーグでも群を抜いている。両翼が110メートルもあり、中々ホームランが出ないとされる。場外ホームランなどもってのほかと言われるぐらいの広さを誇っているのだ。そんな阪海球場を本拠地にしているワイルドダックスだが、不思議とホームラン数はラ・リーグでもトップである。それだけ飛ばし屋が勢ぞろいしているという証拠にもなるが。




