109 天才が本当に成功しない理由とは
いくら芝田がチャンスに強いと言えど、勿論チャンスでなければ意味が無い。芝田にとってランナーが一塁に立っているという状況は普通の自分であるという事を意味する。ようするに、チャンス以上のバッティングは出来ないが、それでもそこそこ打てるという状態である。もしも芝田にランナーがいない時に打席が回ってくれば、打率が.074に落ちてしまう。ほとんどヒットを打てないのだからどういう人体構造をしているのかと疑ってしまう程だ。さすがに2軍選手でも1割は打てるだろうから、ランナーがいない時の芝田は2軍選手以下で地方大会の高校生レベルのバッティングになってしまう。しかし、もしも芝田に満塁で回ってくれば打率.968という得点圏のモンスターと化し、得点圏打率で言えばAKIRAをも上回る好成績を残すのだ。まさに両極端の選手とも言える。
プロ1年目だから波があるのは仕方ないかもしれないが、それでも波があり過ぎて他の球団なら間違いなく代打に廻されるだろう。そこまで守備も良くないし、打率も決して良いとは言えない。だが、ランナーが溜まれば塁を一掃できる必殺掃除人と化す。だから他球団では代打の役割を担う事が予想される。
しかし、他球団の監督やコーチが知らない情報を阪海は持っている。これまで芝田は散々波のある選手だと触れたが、実はそれだけではない。彼はスタメンの時にこそ力を発揮するというタイプなので代打の素質がまるでないのだ。それを裏付ける証拠として代打の通算成績は.000。シーズン中には5回程代打として打席に立ったのだが、レフトフライ、三振、三振、三振、三振という散々たる結果としてついに監督から見限られて仕方なくスタメンの位置に就いている。だが、それが功をそうしたのか3番松本、4番AKIRA、5番芝田という打順が見事にハマッている。3番の松本は本来打率を残さないタイプのパワーヒッターだが、チャンスメーカーとしての才能がある。そして4番のAKIRAは現時点で打率が.451という破格の数字を残し、なおかつホームランも打てる現役最強のバッターだ。出塁する確率は誰よりも高い。この3番4番が機能しているからこそ、5番芝田という法則が成り立つ。
もしもこのどれか一つでも欠けてしまえば芝田はたちまち能力を欠いてしまうだろう。なんせスタメンで起用する程の守備力も無ければ打力も無いのだから。それでも才能開花を信じてスタメンを起用し続けるのは明らかな自殺行為である。出塁率の高い3番バッターと4番バッターがいるからこそ、芝田という男の能力が引き立つという訳である。
これだけ波のある選手はそうそういない。しかも彼はピンチの時にこそ守備力を発揮するという、「ちょっといい加減にしろ」と言いたくなるような選手だ。これまた満塁のピンチではプロ野球史上最高の守備範囲を持つ選手になるのだが、ランナーが一人もいない状態でなおかつ、味方の先発投手がノーヒットノーランを達成しそうな雰囲気ならば完全に素人の守備と化す。
このように打率や守備力も状況によってバラバラになるのはメンタル部分に異常があるからだとAKIRAは分析している。彼は味方がチャンスの時やピンチの時にこそ力を発揮する、というより火事場の馬鹿力が発動するのだろう。火事場の馬鹿力というのは決して侮れない。時には一般のサラリーマンが命の危険を感じた時、何百㎏もある物体を両手で持ち上げる事が出来るのだから、野球選手に例えれば守備範囲や打撃力がアップしても何ら不思議ではない。
なんせAKIRA自身もこの火事場の馬鹿力を発揮する事で、今までの好成績を残す事に成功しているのだから。
そういう意味では、芝田のメンタル力を更に上げればとんでもない選手として活躍する可能性もあるという事だ。今まで数多くの選手達の才能を引き出した男にとって、魂に火が点くような人材だ。まさに、AKIRAのコーチとしての力が爆発する時である。
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「芝田のメンタルはピンチやチャンスの時に幅が広がるようだ」
それがAKIRAの分析した答えだった。彼はハーバード大学からスポーツのオファーがあったぐらいなので頭もそれなりに優秀である。英語、スペイン語、ドイツ語などの外国語を喋る事が出来るマルチリンガルであり、国際色豊かなのだ。もしも彼が一般人として生きていたら、貿易商として活躍していたかもしれない。
「さすが現役最強のバッターだ。見ている部分も並の選手とは違うな」
「だから俺は最強じゃないと言えば何度分かる」
AKIRAは評価される事を極端に嫌う傾向がある。なぜならば他人の評価ほど当てに為らないというのは自分自身がよく分かっており、他人の評価に耳を傾けてエライ目にあった体験談もある。だからAKIRAは最強、天才、名手という言葉には過剰に敏感になってしまう。これは勿論プレーの最中だけであり、一般の方が冗談半分に彼を誉めたとしてもAKIRAは軽く受け流す事が出来る。
「分かったよ。しかし、芝田の素質は素晴らしい。もしかしたらお前以上の原石を掘り出してしまったのではないかと思っているぐらいだ」
野球選手としての才能はAKIRAより上というのだ。選手にとってはこれ以上の褒め言葉は中々見つからないだろう。なんせAKIRAは日本野球では文句無しにナンバーワンの選手なのだから。
「俺以上の才能を持つ選手はたくさんいる。彼らは努力する事をしらないから、道半ばで挫折するだけであって」
才能が高い選手は想像以上にたくさんいる。だが彼らは目先の事しか考えずに自分に合った努力をしようとしないのが共通点だ。毎日努力をしたつもりになって満足感を得ているかもしれないが、それは成長の妨げにしかなっていない。本当に自分を成長に導く努力を見つけ出さないと、時間の無駄でしかないとAKIRAは高校時代に痛いぐらい思い知らされた。
ペットのドーベルマンとかけっこをしたり、フリスビーを口でキャッチするという人から見れば実にアホらしい練習だがAKIRAにとっては最良の練習方法なのだ。このように、才能を伸ばす努力というのは人によって違うため、成長したいのならば若い内に様々な練習方法に挑戦するべきだ。そうして試行錯誤する内に、頭を動かす事になるので脳を鍛える事も可能となり、まさに一石二鳥である。
「……そうだな。天才は自分に合った努力をしないし、見つけようともしないから成功しない」
これは監督も同意見のようでゆっくりと頷いていた。




