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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
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105  AKIRAの意思


 石井は50歳を超えた今でも抜群の選球眼を誇っている。なぜそれが可能なのかと言えば、老いを真摯に受け止めたからこその結果だと、本人はAKIRAにも語っていた。明らかに若い頃より疲れやすくなったと自分で認める事によって、ふっきれたというのだ。昔は「僕は衰えない!」と意気込んでプレーしていたが、30代後半になると疲れがとれなくなり、翌日に持ち越されたりする。それが原因で眼精疲労にもなり、次第には選球眼も一時期悪くなっていた。ところが、意地になって「僕は元気だ!」と体に嘘をつくのではなく、「疲れたあ!」と言いながら自分の老いを求めて、笑い飛ばしている内に選球眼は昔の状態に戻ったというのだ。


 これはきっと、自分に嘘をつき続ける事で知らぬ内に体が強張ってしまい、余計な力を自分でも気が付かない内にかけてしまったのだろう。だが敢えて能天気な自分でいる

事によって、余計な力が抜けた結果、今の四球に至るのだろう。


 緊張感を持ってプレーするのが最適だと言っているが、そうじゃない選手も必ずいる。緊張するのが駄目で、楽しむ気持ちがないとプレーがおぼつかないという選手だって中にはいる筈だ。というよりも、石井がその内の一人だ。若い頃は無理してクールキャラを演じていたそうだが、今の石井はクールな顔もホットな顔も両方見せる頼れるキャプテンだ。


 ところが、AKIRAのように常に緊張して、警戒の針を全身から放出させないと気が済まないタイプもいる。こういうタイプに共通するのが切り替えの速さだ。バットを置いて日常生活に戻ると、すぐさま気前のいいお兄ちゃんに戻ったりする。このように、仕事だけのペルソナを持つ者は大勢いるのだ。それこそ、一般社会にも多数見受けられる。


 どちらがいいかは一概には言えないが、両者共にメリットとデメリットが存在する。まず最初に楽観的思考の選手は、とにかく楽しんでプレーが出来る。仕事を楽しむというのは素晴らしい事であるが、普通の選手は中々そうは出来ない。一見簡単そうに思えるかもしれないが、これが難しい。


 一方、悲観的タイプはどんなプレーにも不安と緊張を抱えていながらも、心は何故か落ち着いている。緊張しているのはあくまでも体であり、心は安定して精神的ストレスを全く感じない。


 普通は逆だと思われがちだ。しかし実際のところは違う。楽観的タイプは自分を防衛する術を身に着けていないので、ちょっとしたアクシデントに凄まじいストレスを感じてしまう。一方、悲観タイプは常日頃から怪我やスランプへの対処方法を模索しているので、ちょっとしたアクシデントでは何の気にもならない。


 楽観的タイプは周りに打ち解けて、「俺についてこい!」という熱血リーダー的タイプの人物に多く、悲観的タイプは無口ながらも背中で語るクールな役どころが多い。どちらも長所や短所は多いが、どちらがストレスを感じにくいと言えば悲観的タイプの方がまったくと言っていい程ストレスは無い。それでいて、プレッシャーや不安さえも自分の味方につけるのだから、まさに精神状態のスペシャリストだ。


 AKIRAもまたベンチにて知念の打撃を見守りながら、不安と緊張を感じていた。もうすぐ自分の打席だと思うたびに体が震えて、鼓動が高まる。次第に緊張は興奮へと変わり、興奮は期待へと変貌する。


 不安とプレッシャーによって防衛本能が働く。それに伴い、全身にアドレナリンが回って全力の自分が形成される。他の選手には無い、AKIRAの特徴的なパターンだ。家の中でひたすらネガティブな思考をする事によって、火事場の馬鹿力を発動する儀式が完了する。無論、球場で暗い雰囲気のままプレーするのはお客さんに失礼なので、ネガティブな自分を脱ぎ捨てる。


 このネガティブからポジティブへと変わる瞬間、野球選手としてのスイッチが入る。無意識の内に意識の切り替えを行っているからこそ、常にベストな自分でいる事が出来るのだ。


 もしもAKIRAが常にネガティブだったり、ポジティブだったりすれば、今の成績は生まれていないだろう。後ろ向きと前向きのサンドイッチをする事によって火事場の馬鹿力が発動し、人間の領域を超えかねないプレーを連発出来るという訳だ。


「知念の身体能力はずば抜けている。恐らく、奴はメジャーリーグでも通用する逸材になるかもしれんな」


 監督が、彼の打席を見ながら呟いていた。確かに、バシャバシャスキーの150キロ近いフォーシームになんなく対応しており、ヒット性のファールを連発している。後方に跳んだり、キャッチャーに捕球されそうな当たりも多いが、徐々にタイミングを合わせているようで、ファールゾーンぎりぎりの当たりも増えていった。


「俺もそう思う。奴の身体能力はアジア人で5本の指に入るだろうな」


 AKIRAでさえ認める才能が、知念恭二という男にはあるというのだ。


「それに、あの破壊衝動は中々日本人にはいないタイプだ。しかも18歳という若さでありながら、先輩投手に殴り掛かるという行動は誰にも真似できんだろう」


 人はだれしも世間体や他人の評価を気にする。しかし、知念はそんな事にはおかまいなしに、たとえ相手がベテラン投手だったとしても、自分が気に喰わないと思えば平気で乱闘をしかける。そこまでの暴れん坊は日本にも知念だけだと、監督は話していた。


「筋肉も南米選手に負けずとも劣らない強さがあるし、向こう側の乱闘でも互角に渡り合えそうだ」


「奴にはメジャーで自由奔放に暴れて欲しいと切に願うよ。知念程の身体能力があれば日本でプレーするのは狭すぎる」


「そのためには、まず日本で活躍しないとな」


「お前も同じだぞAKIRAよ。少し早いかもしれないが、メジャーに行く気持ちはあるのかな?」


 監督は若干首を傾げながら、AKIRAにメジャー希望の有無があるか問いかけていた急に言われても、まだ何も考えていないので中々答えは出なかった。それでもなんとか答えを見つけ出そうと脳内で考えていく内に、自分は何によって動いているのか自問自答した。そして、それが終わると、ようやく監督に答えを言った。


「俺が陸上を経験したのも、野球を経験したのも、全て誰かに言われてからだった。もしも高校生の時にカバディに誘われていたら、きっとその道に進んでいただろう」


「つまり、スポーツをするきっかけは、常に他人から与えられていたのか」


「ああ。陸上に入ったのも小学校の先生に勧められたからだ」


「そして今のワシも、お前にメジャー行きを押している。ということは?」


「ああ。俺もいつかメジャーに行ってみたい」


 そう言ったと同時に、知念は天高く白球を舞い上げて、バックスクリーンに弾き返していた。見事なツーランホームランである。まるでAKIRAの決意に祝福するかのような一発に、AKIRA自身も思わず嬉しくなってしまった。




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