103 元チームメイトとの対決
1回の表、阪海ワイルドダックスの攻撃がついに始まった。先頭打者は石井である。彼は50歳という高齢でありながらも、今季打撃では全盛期を迎えている。打率は.280を維持しており、ホームランも打っているのだ。かつては打率.250が精一杯で上記のような打率など一度も叩きだした事すら無い。それにホームランの数もあまりなく、どちらかと言えば非力なバッターに属する選手だったというのに、すっかりホームランも着て体できるパンチ力のある選手に成り上がった。
これはきっとAKIRAという若さに触れた事で、隠れていた才能が一気に目覚めたのだろう。やはり才能が開花するのはいつ、どんな時期なのか想像も出来ないものだ。石井のように半世紀生きてようやく開花する者もいれば、若干高校生の時に才能が開花する者もいる。それ故に、続けなければならない。
もしも途中で努力する事を放棄すれば、一生才能が開花せずに終わってしまう。大器晩成という言葉があるぐらいなのだから、続ければ良い。しかし、それが出来ないから大勢の人間が道半ばで物事をやめてしまう。もしも人間が信念強ければ、もっとこの世は発展していて、今頃車が空を飛ぶのが当たり前となり、ロボット執事もいただろう。それが出来ていないのは、努力を途中で放棄した人間があまりにも多すぎるからである。
だから、努力を続けて才能を開花させた一部の人間が称賛されるという世の中になってしまっているのだ。プロ野球界はその巣窟だと言っても良い。皆、努力をする事でここまでのし上がってきた努力家であり、一人も天才などいない。むしろ天才と呼ばれる人物は途中で努力をやめてしまう傾向があるので、滅多に成功しないのだ。
それよりもむしろ、平凡であればある程、努力の大切さを知っているので大成しやすい。AKIRAもどちらかと言えば平凡に位置する人間であり、何もせずに阪海の4番打者になった訳では無い。幼少の頃から血のにじむ練習を重ねた結果、今のAKIRAが存在する。
何もせずとも、成り上がれる人生など小説の中だけだ。現実は厳しくて、努力を忘れた天才など息残れない。だからこそ、この世の成功者は凡人が溢れているのだ。天才で成功する事例は滅多にない。
しかし、人々は凡人よりも天才にフォーカスするという特性のような物があるので、天才こそが成功者だと錯覚している。本当は逆なのに、その現実に向き合おうとしないのだ。それは何故か、本当は努力をするのが嫌だからだ。故に人々は天才を施工者に作り上げて、無意識の内に努力をしようとする意志さえも放棄してしまっている。
この一連の流れを払拭しない限り、この世は成長しない。
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「1番、ショート石井」
石井を呼ぶアナウンスが聞こえたと思うと、石井は左のバッターボックスに向かって歩き出した。彼は左打者ながらも左ピッチャーを苦にせず、右ピッチャーと同じような成績を叩きだしている。なので石井にはピッタリという訳だ。
「石井さん。頑張ってくれー!」
AKIRAがベンチから立ち上がってそう叫ぶと、石井は一瞬だけ後ろを向いてニコリと笑うと、左のバッターボックスでルーティンを始めた。ホームベースにとんとんとバットを叩くというありきたりな動作だが、石井はこの動作を30年以上続けている。まさに、選手からしてみれば伝統のある動作なのだ。
そして、相手投手はバシャバシャスキーという外国人投手である。以前、この投手は阪海に所属していたのだが、土井監督が高額な年俸を提示した挙句、奪い取ったのだ。それぐらいバシャバシャスキーの投手成績は良かった。過去形にするとあれだが、今も十分成績は良い。フォーシームの平均球速は148キロと悪くなく、むしろ日本では早い方だ。
速球に弱い日本人選手が相手だからこそ、バシャバシャスキーは活躍出来ている。メジャーのように平均球速がやたらと速い選手達の中にいると埋もれるが、あまり球速が早くない日本人投手の中にいれば彼も目立つという訳だ。ある意味では、日本に合う投手なのかもしれない。
それに彼の身長は196センチと滅法高い。身長が高ければ高い程、投手として成功する確率は高くなるのは必然的だ。なんせコントロール難があるAKIRAでさえも、203センチという高身長と最速170キロのフォーシームを武器にして、昨年は見事8勝をあげたぐらいなのだから、高身長と速球が合わされば、日本では十分に通用してしまう。
そこに変化球もあわされば向かうところ敵なしだ。実際にバシャバシャスキーは縦に落ちるスライダーや、球速の速いナックルカーブを使ったり、最近ではツーシームの習得に乗り出す程、変化球にも精通している。そんな彼が今季叩きだしている防御率は2.03だ。これほどまでの好成績を叩きだしながらもエースピッチャーではないのだから末恐ろしい。
石井はどうやってバシャバシャスキーを攻略しようとしているのか、AKIRAには疑問だった。確かに石井は速球には強いかもしれないが、奴には速球だけではなく変化球も自在に投げられるコントロールがある。もしも、変化球攻めにあったらひとたまりもないだろう。
しかし。
そんな心配はよそに石井はボールを見極めてフォアボールを選んだのだ。恐らく、打てない球は打てないと割り切り、手を出さなかったのだろう。良く四球は引き分けという考え方が世に出回っているが、それは違う。
出塁しているのだからバッターの勝ちに決まっている。少なくとも、一塁ベースに立っている石井を見ていると、AKIRAはそう思わざる終えなかった。




