102 クレイジーモンスターズとの一戦
翌日、福岡に拠点を持つクレイジーモンスターズとの一戦が幕を開けた。去年、ここの球団の監督は不祥事によって辞任していて、新たに監督を務めているのは土井という男だ。この土井も前任者の後を継いだだけあって、中々に腹黒い采配をすると有名だ。中継ぎを中一日で回すのを平気でやり、駒としてしか扱っていない。確かに中継ぎの平均寿命は先発よりも随分と下かもしれないが、それでも駒扱いするのは首を傾げざる終えない。
おまけに、チームの功労者も平気で解雇して、他球団から4番打者を次々と獲得しようと企む男だ。戦い方はラリーグのツネーズと酷似しており、その恵まれた資金力で他球団の有望選手を奪うことも珍しくは無い。
そんな土井監督率いるクレイジーモンスターズとの一戦が今から始まろうとしている。去年起きた出来事が出来事なだけに、さすがのAKIRAも鉄仮面が剥がれ落ちそうだ。憎しみとまではいかないが、それなりに思うところはあるだろう。危うく命を落としそうになる瞬間まで追い込まれたのだから。
しかし、AKIRAはいつまでも過去に囚われるような男ではない。球場に入るとネガティブな自分をロッカーに置き、常にポジティブな思考をしようとする自分に切り替える。その切り替えこそが、AKIRAが好成績を生み出している理由の一つである。
「いよいよ。クレイジーモンスターズとの初戦が始まるな」
ロッカールームで着替えをしながら、隣にいる石井に話しかけた。すると石井は中年太りの腹を見せながらこちらを振り返ってきたではないか。あまりにもアスリートとはかけ離れたビール腹っぷりに唖然としながらも、AKIRAは石井の返ってくる言葉を待った。
「ある意味、因縁の相手だな」
「この球団が悪いという訳では無いが、去年の出来事がどうしても脳裏から離れない」
何を隠そう、AKIRAは自他ともに認める不幸体質だ。歩行中に何度も赤信号に引っかかって遅刻しそうになるのは多々あり、じゃんけんにも壊滅的に弱い。そんな彼は去年にとてつもない事件に巻き込まれて、危うく爆死する寸前だった。その時は石井と共になんとか危機的状況から逃れたのだが、その危機的状況を創り出したのがクレイジーモンスターズの前監督だと言うのだから笑えない話しである。
「一歩間違えれば、俺達死んでたよな」
「二度とあんな事件は起こさないで欲しいと切に願う」
「でも、あの事件があったからお前はスーパースターとして日本中の人に認知されたじゃないか」
そうなのだ。AKIRAが今、変装もせずに道を歩けないようになったのは去年の事件が起こったのも要因となっている。だからこそ、ある意味では感謝の言葉が出てもおかしくないと石井は言っているのだ。無論、冗談交じりだとは思うが。
「確かに……ポジティブに考えればそうだな」
AKIRAはフムフムと頷き、石井の発言に納得していた。もしもあの事件が起きなければ、今の自分の認知度は無かったかもしれないのだと。しかし、人気というのは自らの手で掴み取るものであり、決して他人から与えられるものでは無いというのがAKIRAなりの考え方だった。
「せっかくの限られた人生なんだから前向きにいこうぜ。前向きに」
笑いながらそう言っていた。彼はそうやって笑顔をいつも振り撒いているので、どこか憎めない印象がある。もしも彼が一般社会に身を置く者ならば、一定以上の信頼は置かれていた筈だろう。今でさえ、ザ・キャプテンの地位を築いて軍団を持つようにまでなっているのだから。
「だが、ネガティブに発想する事で得られるパワーもある。なんでもかんでも前向きに考えればいいという訳ではないような気がする」
AKIRAは球場入りする前、とてつもない不安とプレッシャーに押しつぶされそうになって、気分が悪くなっている。しかし、ネガティブに考える事によって火事場の馬鹿力が試合中に発動する仕組みになっているので、別に悪い事ではないのだ。無論、試合中にネガティブになっているのは御法度だが、家にいる時は多少落ち込んでいる方が結果はでやすいという結論に至っていた。
「まあそうだろうな。考え方は人それぞれ違うんだし、答えは見つからないよ」
ネガティブな人間とポジティブな人間、両方ともに存在しているからこそ意味があると石井は言っているのだ。石井は見るからにポジティブな人間だと分かるが、AKIRAは自分自身の事を超がつくほどのネガティブ人間だと自負している。
「俺よりネガティブな人間はそういないだろうな。自分でも分かる」
これだけ圧倒的な成績を残しながらも、不安に駆られて眠れない事はしばしばだ。
「でも、世間はお前の事をポジティブな人間だと思っているぞ?」
ここで石井が疑問を投げかけてきた。自分の考えと世間の考えがズレているのだと。
「俺がポジティブな発言をするのは自分を言い聞かせるためで、本当にポジティブな人間はそういう発言をしない」
それがAKIRAの考え方だった。根っこまで前向きな人間はポジティブな発言などしないと。ネガティブだからこそ自分を奮い立たせるために、敢えて強い言葉を発する。




