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AKIRA  作者: 千路文也
プロ2年目  -苦悩-
101/426

101  50歳まで現役を続ける秘訣とは


 いくらAKIRAが優れた野球選手だと言っても、精神力は普通の人間となんら変わらない。むしろ、一般人よりも心が弱くて常に緊張感とプレッシャーに押しつぶされそうだ。しかし、それが危機察知能力に磨きをかけて、アドレナリンを放出させているという事にはAKIRA自身も薄々気が付いていた。


 不安や心配する事で火事場の馬鹿力が発動し、自分の思っている以上のプレーが出来ているのだと。しかし、これは諸刃の剣だ。敢えて自分を追い込むというのは拷問に近いので、その精神的苦痛は尋常では無い。3時間近く、アンテナを張り続けないといけないので一時も集中力を欠かせてはいけない。それが余計なプレッシャーとなるので、試合が終わると肩こりが凄まじい。


 心もそうだが、体も緊張しっぱなしなので、どうしても肩がこってしまうのだ。肩がこると頭痛にも繋がるから、あまり良いことは無い。それでも肩こりと優れた成績を天秤にかけるとどっちが優先なのかは明白である。なので、AKIRAは多少の肩こりなど気にせずに、今まで通りのプレーをしていた。


 彼は自分の哲学においてはとても神経質だが、野球本来のプレーに関しては無神経に近い。チームプレイを優先するというよりも、ほとんどが自分の独断で動いている。それで結果が出ているのだから何の文句も無いと言えば無いのだが。


 それが原因なのかは知らないが、彼にはプチスランプが定期的に訪れる。すると、遅からず成績にも響いてしまうので今度はチームプレイをせざる終えない。スランプで結果を残せない人間には、個人プレーをする資格など無い。だから犠牲バント進塁打で、なんとかチームに迷惑をかけないようにする必要がある。


 だが、AKIRAは今の今までチームプレイに徹した事はない。他の皆が「AKIRAに廻せばなんとかしてくれる」という思いがあるから、尚更だ。中軸が犠牲バントをするようではお客さんは喜ばないという独自の哲学が脳内に漂っている影響もあってか、いつもなら簡単に決められるセーフティバントやドラックバントまでもが上手くいかない。


 それどころか、犠牲バントすらもまともに出来ないのだ。まさにスランプの渦に飲み込まれるという典型的パターンである。


 今のAKIRAはスランプとは正反対の好成績を収めているが、必ずスランプの時期は訪れる。それは他のどの選手も例外なく訪れているので、AKIRAだけがスランプにスルーされる筈も無い。


 問題はどうやって、スランプの時期を遅らせるかだった。



 *****************



「オフの日だが、仕事の話しをしてもいいか?」



 AKIRAと石井はドリンクを注文して、会話を交わしていた。さすがに食べ終わったのに喋り続けるのはどうかと思ったので、AKIRAはブドウジュースを、石井はコーラを頼んだのだ。お互い、ストローに口をつけてチューチューと吸っている。とてもじゃないが、阪海の若手スーパースターと4000本安打を放ったベテラン選手とは思えないほほえましい光景である。



「ああいいぞ。妄想ばかり膨らませるのは飽きていたところだ」



 まだ生まれるかどうかも分からない赤ん坊の話しをしていたから、きっと脳内の石井は孫を抱いて「ヨシヨシ」とあやしているおじいちゃんだったのだろう。しかし、現実の石井はまだ孫も生まれていない普通の父親である。



「石井先輩はもう30年以上野球をしているんだよな」


「なんだよ。改めて」



 そうなのだ。彼は今季で4000本安打を放った本物のレジェンドだ。あまり人気がないのは可哀想だが、それでも高卒から30年以上プレーしているのはほとんどいないので、ある意味オリジナリティを確立出来ている。それでも目立たないというのだから、これはもう本人の問題だろう。野球以外ではあまりにもセンスがなく、一般社会で例えると万年窓際の平社員タイプだ。特に仕事が出来る訳もないが、世間話だけは得意で、他人の時間を食い潰す勢いで喋るような無能社員。


 もしも石井が野球をやっていなければと思うと、ゾッとしてしまう。



「なんで50歳を超えても体が自由なんだ? 普通は40歳前後で体の自由はきかなくなると思うのだが」



 40歳を超えると急に疲労感が体に溜まり、疲れがとれなくなる。それに目もやられて視力は低下し、ドライアイになって涙が出なくなる者もいる。それにより選球眼も落ちて、成績は急降下してしまう。


 ところが、石井は違うのだ。成績が落ちる素振りなどまったくみせず、むしろここ数年で打率やホームランが上昇傾向となっている。さすがに守備は若干の衰えを感じさせるが、打撃に関しては50歳の今が全盛期にも思える。


 そんな石井を不思議に思うのは仕方がない事かもしれない。



「多分、体から発せられる信号に耳を傾けているからかな」


「信号に耳を傾ける?」



 AKIRAは首を傾げた。石井の次なる言葉を誘うために。



「俺も50歳だし、若い頃よりも疲労感は溜まるよ。だから疲れている時は無理をしないで体を休めているようにしているな。ここ10年間はね」



 石井はそうだと言うのだ。無理をしていないのだと。実際に考えれば分かると思うが、無理をしないというのは至難の業である。人は誰しもが自分のポテンシャル以上の仕事を任せられている。なので仕事に歯ごたえがあって面白いと感じられるのだ。マンネリしないためにも多少は無理をしてまで難しい仕事をこなすのが普通だ。


 しかし、石井はそうじゃないと言っている。若いときには当たり前に出来ていた仕事も、歳をとると出来なくなる。常人はそこで無理をして頑張ろうとするが、石井はそうじゃない。「無理なもの無理」と諦めて、疲労回復に勤しむのだ。


 それが50歳まで現役を続けられた理由だと言っている。



「無理をしないか……それは難しい事だな」



 AKIRAは常に無理をしているようなものだ。彼からその言葉を取り除いたら何も無くなるぐらい、彼には無理という二文字がお似合いである。世間一般は彼の事を天才というが、実際はそうじゃないのだ。



「何言ってんだ。若い時は多少でも無理をした方がいいぞ。そうじゃないと結局は何も残せずに、歳とってから後悔してしまうからな」



 石井はそう助言していたのだった。




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