100 結婚を前提としたお付き合い
こうして、石井とAKIRAは無事に博多ラーメン専門店に行きつき、皆と一緒に行列に並んでようやく目的のラーメンにありついていた。たとえ野球選手だとしても彼らは同じ人という種族であり、特別な存在ではない。少しや野球が出来るだけの平凡な人間なのだ。
だが、人間の考え方は面白いことに人によって違う。なので笑いのツボや完成なども相手と違う事が多々見受けられる。と言っても根本的な部分は同じなので、そこまで気にする必要はないのだが。
そして二人はカウンター席に座って、アツアツのラーメンを食べていた。博多ラーメンという事もあって豚骨のダシが効いていて非常に美味しい。メンマ、チャーシュー、麺、スープ。どれをフォーカスしても出てくる言葉は「美味い」だ。
無駄な表現などいらない。その一言だけでインパクトは十分に伝わるに決まっている。それを証拠に、石井とAKIRAは無我夢中でラーメンを食べ続けているのだ。こんなに真剣な表情でひたすら食欲を満たすために食べているサマは滅多に見られない光景だ。いつもならゲームを片手に「ひと狩り行こうぜ!」と言っている二人だが、近亜紀だけは違う。
結局、二人はラーメンを食べ終わるまで一言も口を聞かずに黙々と食していた。そして、互いが最初に放った言葉は「ごちそうさま」であった。
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「こんなに美味しいラーメンを食べたのは初めてだ。いつもカップラーメンを食べていたから余計に美味しく感じるのかもしれないが」
AKIRAは基本的に不器用な人間なので料理は出来ない。包丁も10年近く持っておらず
りんごの皮剥きすら出来ない。なので家に帰ったらいつもコンビニの弁当とカップラーメンを購入し、レンジでチンしてお湯をかけて食べているのだ。それか、石井と一緒に外食を食べるぐらいか。
「しかもこの美味さで870円は安いな」
比較的オーソドックスな値段だ。庶民だろうが野球選手だろうが気軽に食べられる。さすがに1000円を超えるのは躊躇するが、1000円以内でラーメンが食べられるのは財布にとっても優しい。それはAKIRAや石井にとっても同じである。特に石井は小遣い制なので、手持ちのお金は僅かしかない。時には後輩に奢ってもらうぐらい悲惨な状態の時もあるのだ。それ故に、お手頃な値段で腹を満腹にする行為は嬉しさ満点だ。
「ああ。ちょっと金欠だったから助かったよ」
「珍しいな。1億円プレイヤーが金欠だなんて」
そうなのだ。AKIRAはまだ19歳という若さでありながらも、今季の年俸は1億円丁度だ。あれだけインパクトを残して凄まじい成績を叩きだしたのだから当然である。しかも、グッズ売り上げはナンバーワンで、観客動員数も去年と比べると明らかに差が出ている。ハッキリ言って1億でも少ないぐらいだが、年俸においては完全に年功序列の世界なので、ルーキーの彼は金額が抑え込まれている。しかし、歳を重ねても、好成績を続けていられれば、きっと誰もが満足する年俸を支払われる事になるだろう。
「俺は一か月で使える金をあらかじめ設定している」
「なんでだ?」
石井は不思議そうに首を傾げていた。AKIRAの言っている事が意味不明なのだろう。
「家を買うために金を溜めているからさ」
「ああ、そういうことか!」
ここで石井が納得した様子で首を縦に振っていた。
「それまでは寮生活でも我慢するさ」
そのために、彼は寮で生活しているというのだ。マンションを借りると、月に何万円も浪費してしまうので勿体ないと感じた彼は無料で寝泊まりできる寮を使っているという訳だ。しかし、その変わりプレイベートなど無いにひとしいが。
「1億円プレイヤーが寮生活とは恐れ入るね」
「娘さんと幸せな家庭を築くために色々と考えているのさ」
両者は結婚を前提としたおつきあいをしているので、いずれは結婚をする事になるだろう。なのでその時のためにお金を溜めているという訳だ。結婚や赤ん坊の出産にも金はかかるので、貯金して損はない。だから、タクシーの時にも、ボロボロの財布を取り出していたという訳だ。
「孫の顔が楽しみだ」
石井は微笑みながら頷いていた。
「おじいちゃんが野球選手とか、孫も相当喜ぶだろうな」
「父親も爺ちゃんも野球選手。という事は孫も?」
「どうだろな。あまりオススメは出来ないが」
そうなのだ。プロ野球選手になったとしても、絶対に活躍出来るという保証はない。解雇されるまで二軍暮らしを余儀なくされ、就職でもアピールすら出来ないという事例は無限に存在する。
「それでも孫のやりたいようにやらせればいいさ」
「石井先輩の言う通りだ。子供の将来を叶えさせるのが親の役割だからな」
まだ赤ん坊も生まれていないのに、二人はもうその事について会話を交わしていた。あまりにも気が早いかもしれないが、いつ結婚するか分からないのでこういう話しもありだろう、もしかすると年内に結婚する可能性だってあるのだから。




