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遥は突然大きな声を上げると、猛然とバッグの中を引っ掻き回し始め、やがて一枚の名刺を取り出した。
「名刺!」
「なんの!」
「朝、男の家で、机の上に名刺が置いてあったの。一枚拝借してきたのを思い出した」
「そういうことは早く思い出しなさいよ。名前が分かれば一気に解決じゃない。……さっきの五人の中にこんな名前なかったけど。もらった名刺なんじゃない」
ナナは受け取った名刺をじっと見てから差し戻す。
「でも、同じ物が二、三枚あったわよ」
「いいわ。カッチン、この社名を検索してみて」
出てきたのは驚くべき検索結果だった。
「こんな会社どこにもないぞ。電話番号も使われていない。住所は……千駄ヶ谷の駅だ」
「どういうこと?」
「部屋の主はダミーの名刺を作ってなにかを企んでいるような奴だってことよ。念のため、名前でも検索してみて」
「ダメだ。山崎圭は世の中にいっぱいいる。この中に見覚えのある顔はありますか?」
ルリは画像の検索結果を見せるが、遥は首を振る。
「知っている人はいないわ。もっとも、昨晩会った人は記憶が曖昧で自信ないけど」
「このブログやフェイスブックを一つ一つ見ていくのは面倒ね。そもそも、偽名の可能性も高いけど」
「待って、フェイスブックで検索してみる」
ルリはフェイスブックの画面に移ると、山崎圭を検索する。二人見つかったが、関係がなさそうな人物だった。次に五人の男達を検索していく。三人目の男は、かなりの個人情報を一般に公開していた。顔写真も勤務先も見ることができた。最寄り駅は西荻窪だった。
「この人いたわ」
「勤務先を調べて」
今度は実在する会社だった。四谷に本社があるアパレル系卸売業の会社らしい。あまり大きな会社ではないらしく、サイトのコンテンツは多くない。会社概要のページに社員旅行で撮ったらしい集合写真が掲載されていた。
「これがさっきの人ね」
目ざとく見つけたルリに代わって、モニターを覗き込んだ遥が怪訝な顔をする。
「そうね。……これはどういうこと?」
「どうしたの?」
「この人とこの人も来てたわ。それだけじゃないの。この女の人も、この人もこの人も来ていたの」
「半分以上が同じ会社の人だったってこと?それって合コンなの?」
「知らないわよ」愕然としている遥は声を荒げる。
「ハルミさんはいますか?」
「いないわ」
「とりあえず、これでただの合コンでなかったことは確実になったわ。多分、遥ちゃん以外の出席者は全員顔見知りで、お店の人間も知り合いだった可能性が高いわ。彼らの目的は遥ちゃんを拉致して、ある部屋に連れて行くこと。店員まで仲間なら、食べ物や飲み物に睡眠薬を混ぜるのも簡単だわ」
「なんのために連れて行ったんだ?」
「危害を与えるつもりがなかったのは確かね。拘束されていたわけでもないし。と、ところで、あれをさ、されたりはしていないわよね?」
「されるってレイプのこと?それは大丈夫。服を脱がされていただけよ。それもきちんと畳まれてたし、寝やすいように脱がしてくれたんじゃないかしら」
「もしくはただの意気地なしだったか。こうなってくると、ハルミが怪しいわね。まだ電話は繋がらないの?」
「ダメね」確かめて遥は電話を切る。
「ハルミさんの苗字はなんていうんですか?」
「崎山よ。崎山ハルミ」
いくつかの検索結果が出てきた。画像も何枚か出てくる。ファッション雑誌の街角チェックのコーナーで何度か取り上げられたことがあるらしい。切れ長の目が特徴の綺麗な顔をしている。どの写真もサイドの髪を前に下ろし、ゆったり目のワンピースを着ている。
「そう、これがハルミよ」
「ちょっと待ってください」
ルリの口調はいつもどおり落ち着いていたが、手つきは慌てた様子でマウスを操作する。画面は先ほどの集合写真に戻った。すぐに画面の一点が指差される。小柄で色白の男がそこにいた。
その顔を見て、遥もナナも納得した。
崎山ハルミにそっくりだった。
次で終わりです。