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「それが分からないから困っているんでしょ。おかげでこんなことになっちゃったし」

 朝霧遥先生が大きく肩を落としながら言うこんなこととは、特に親しいわけでもない教え子二人に昨夜からの一部始終を打ち明けなければなくなった、今のこの状況のことだ。

「私の観察眼を褒めたたえてもいいわよ」

「すごいすごい。でも、あなたは観られる側の人間だと思っていたけど、観ることもあるのね」

「観られる側は観る側のことも知っておかなくてはならないわ。先生だって観られる側なんだから分かっているでしょう。観る側の要求に、欲求に応えなくてはならない。そうでなければ観てもらい続けることは難しいわ」

「あなたぐらい綺麗でも、そんなことを考えるのね」

「良いことばかりじゃありませんから」

「観察眼は確かに凄いが、なんで先生の服をそんなに細かくチェックしてたんだ?」

「前から怪しいと思っていたのよ」

 ナナは得意満面の笑みを見せる。女しかいない席ででさえも皆を微笑ましい気分にさせてしまう極上の笑みだ。

「遥ちゃんは美人だわ。若いし、お化粧も上手だし、ファッションに興味がないようにも見えない。でも、学校ではいつもスーツ姿。一年目の一学期なら分かるけど、二年目なのにまだスーツ。しかも濃紺一択。北浦先生の目があるにしても不自然だわ。他の女の先生たちの服装はわりと自由だしね。白川先生なんかいつレッドカードを出されてもいい格好なのに、全然変わる気配がない」

「それ、絶対に外で言わないでよね」

 怖い顔で遥が釘をさす。

「スーツは教師っぽくて良いんじゃないか?」

「それよ。さて、遥ちゃんは教師っぽい格好をすることにステイタスを感じているかどうか?さらに言えば、教師であることにステイタスを感じているかどうか?カッチンはどう思う」

「授業は分かりやすいと思うけど。優しいし」

「ありがとう」

「なんでここで涙ぐむの!」

「だって、生徒にここまでストレートに褒めてもらえることってなかなかないものよ」

「確かに遥ちゃんの授業は分かりやすいわ」

「あなたに言われると急に涙が引っ込んだわ」

「結構!私が考えるに、健気なことを言ってるけど、遥ちゃんにとって重要なのは教師っぽくあることなの。そのためのアイテムの一つが、女教師っぽい濃紺のスーツなのよ。毎日スーツを着ることによって、皆の頭の中に、朝霧先生はスーツ、という情報を刷り込んでいくの。そうすることによって、スーツを着ていれば大丈夫という状況を作り上げているの」

「どういうことだ?」

「私服だったら、例えば勝負服を着てきたら一発でばれるでしょう。でも、スーツの質が日によって多少変わっていたとしても、スーツというカテゴリーから外れないから周りの人間に気づかれないってことよ。しかもOLならともかく高校教師、同僚にしろ教え子にしろ、そこまでファッションに精通している人はいないわ」

「お前はそこまで分かるのか」

「怪しんで視ていたからね。しかも質が良いスーツの時はね、ブラウスも良いのを着ているし、お化粧も違うの」

「本当に良く視てるわね」 遥は呆れるのを通り越して感心する。

「スーツで合コンに行くんですか?」

「男受けはけっこう良いのよ」

 少し自慢げな顔をする。それをナナが打ち壊しにいく。

「昨日も、今夜はなにかあるんだな、って思ってたの。でも……、今日も同じスーツだった。靴も同じだった。違うのはブラウス。でも、いつも合わせている良い物じゃなかった。まるでコンビニで買ったかのような安っぽいブラウス」

 気の毒なぐらい引きつっていく遥の顔を見ながら、ナナは指を折っていく。

「化粧のノリも悪いし、髪も後ろで縛っているだけ。ここまで揃っていれば簡単に推理できるわ。朝帰り……、宿泊先から学校に来たんだって」

「帰ってないんだから正確には朝帰りじゃないだろ」

「分かってるわよ。だから言い直したんでしょ」

「ああ、そうか。それは申し訳ない」

「そして理由は分からないけれど、北浦先生に気取られてしまった」

「ええ、全くその通りよ。一つだけ補足をすると、タクシーで裏門に乗りつけたのを見られたのが、気取られた理由ね。あの運転手がちゃんと道を知っていれば、手前で降りる余裕があったのに」

 遥は舌打ちをするが、すぐに切り替えてナナに手を合わせる。

「その推理力で、私が記憶を無くした理由を見つけて」

 美少女は、その願いを満面の笑みで受け入れる。

「任せておきなさい。私の推理力であっという間に解決してあげるわ」

「具体的にはどうするんだ?」

 名探偵の雰囲気に浸ろうとするナナに、ルリが訊ねる。

「本人の記憶がないのなら、周りにいた人に訊くしかないでしょう。遥ちゃん、今から全員を招集できる?」

「全員は無理、っていうか、一人しか連絡先知らないし」

「どうして!」

「昨日はヘルプだったのよ。メンバーが急に足りなくなって呼ばれたの。だから、呼んでくれた子以外は始めて会った人ばかりだし、連絡先も知らないわ」

「合コンに行って、一つも連絡先を聞かなかったの?」

「男のは聞いてるわよ。でも会ったばかりの人に、昨晩の記憶がないんですけど何があったか教えてくれませんか?って訊けると思う?」

「難しいですね」

「だったら、その誘ってくれた人に訊けばいいじゃない」

「訊いているわ。でも、電話をかけても留守電。メールを送っても返事無し。いつもはそんなことないんだけどね」

「その人とはどういう関係なの?」

「ハルミって言うんだけど、学生時代に合コンで知り合ったの。それからお互いに合コンに誘い合う仲になったの。昨日とは逆にヘルプに来てもらったりね。今は四谷の辺りの会社に勤めているはずだけど詳しくは知らないわ。合コン以外で会ったことないし」

「合コンでしか会わないって、そんな関係があるんですね」

「ハルミぐらいだけどね。改めて考えると、もう五年ぐらいの付き合いだけど、ぜんぜん彼女のことを知らないわね。合コンって同性同士では話さないじゃない」

「そうでしょうね」

 合コンに行ったことがないルリが律儀に頷く。

「二人とも五年間、恋人がいなかったの?」

「恋人がいたって、合コンはあるのよ」

 遥は素で言った後、少し言いよどんでから続けた。

「実際には、私は休んでいた時期があるんだけどね」

「それは、もう合コンは必要なくなるようなお付き合いをしていたってこと?」

「結婚の約束までしてたからね……。ああ、なんで私こんなことまで話しているんだろう。今まで誰にもしなかったのに。こんな話、絶対に学校でしないでよ」

「絶対に口外しないから早く聞かせて」

 ナナは猛然と食いつき、ルリもその後ろで一生懸命頷いている。遥は唇の端をひくつかせながら、遠い目をした。

「そんなに期待されるような話じゃないわよ。別れているんだし。出会ったのは大学三年生の時。十歳位年上でIT関連会社の社長。羽振りが良い若手実業家が集まる会があるのよ。そこに賑やかしで呼んでもらってたの。背が高くてかっこよくて、少なくともルックスで言えばその中で一番だったわ。優しかったから女の子の人気も一番高かったけど、彼は私を選んでくれた。付き合って三ヵ月でプロポーズされたわ。OKして、そのまま家に入るつもりだったから……」

「もうプロポーズ話終わり?」ナナもルリもがっかりする。

「ダメになったプロポーズの話なんかしたくないの!それぐらい分かりなさい。で、結婚するつもりだったからもちろん就職活動はしてなかったわ。うちの親の意向もあって、結婚は私の卒業の後って決まってたから。同級生達が就職活動で汗している頃は、結婚準備にいそしむ自分と比較して優越感に浸りまくっていたわ」

 当時を懐かしむ、しかしむなしい目をする。

「四年生になって、ゴールデンウィーク初日。一緒にバリ旅行に行くことになっていたの。荷物を持って彼のマンションに行ったら、なにも無かったわ」

「なにも無かったんですか?」

「そう、なにも無かったの。ガランとした部屋があるだけ。電話もメールもまったく繋がらない。あちらこちらに連絡して分かったのは、粉飾決算で税務署に乗り込まれたとか、後輩に会社を乗っ取られたとかそんな話。彼の行方は誰も知らなかった。あちらのご両親もね。しばらくしてご両親から結婚の断りの連絡をもらったわ。私も怒りとか不安とかいろんな感情が混ざり合って自分でもどうしたら良いのか分からないぐじゃぐじゃな感じだったんだけど、ちゃんとそういう手続きを踏んでくれたことでなんとか整理をつけることができて、落ち着くことができたの」

「ご、ご愁傷様です」

「もうすんだ話だからね。むしろ結婚する前で良かったと思ってる」

 遥は苦笑しながらひらひらと手を振る。

「むしろ地獄だったのはそれからよ。結婚するって決めてたから就職活動なんか全くしていなかった。五月なんて完全に出遅れよ。その時ちょうど、冗談で取っていた教育実習が目の前にあったの。それに気がついた瞬間、教師になろうって決めたの」

「なによそれ。デモシカより酷いじゃない」

「デモシカってなんだ?」

「昔、教師にデモなるか、教師にシカなれない。って感じで教師になる人たちがいて、デモシカ教師って呼ばれていたのよ。遥ちゃんのはそれですらないわ」

「否定はしないけどね。それまで教師になろうなんてこれっぽっちも考えてなかったし。でも、その時の私には目の前に新しい目標が必要だったのよ。教育実習は本当に忙しくて、嫌なことを全部忘れさせてくれたわ。問題は終わった後、大学に戻ってからね。周りには卒業したら結婚するって言いふらしてたから、破談になった話もしなくちゃいけないでしょ。もちろん同情してくれたり、慰めたりしてくれたけど、内心は拍手喝采してた人もいたと思うわ」

 重くなった空気を自ら振り払うかのように、遥はパンと手を打つ。

「大学に通うのは針のむしろだったけど、おかげで教員免許や卒業論文に集中して取り組むことができたわ。無事に卒業して、アルバイトをしながら教員採用試験の勉強をして一年目で合格。一年で合格ってけっこう大したものなのよ。めでたく籠目高校に採用されて、今に至るということよ」

「合コン生活も復活してね」

「おかげで昔よりは男を見る目が上がったわ」

「結局、彼氏はどうなったの?」

「中国で事業を立ち上げようとしたらしいけど、うまくはいってないみたい」

「ざまぁ見ろって感じ?」

「今はそんな感情もないわ」

 遥はさばさばとした表情で肩をすくめる。

「私の過去話は良いの。三年前の話より、昨晩の話が知りたいの」

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